樹里華

 調子に乗っていた、というのは認める。
 しかしそれは全力疾走するアスリートのように、周囲を気にして自分の速度を落とせば、今度は自分が自分の存在を見失ってしまうという恐怖もあったから。
 他の人たちと同じじゃ意味がない、それは私のやりたいことじゃない。
 お父様の持つ力、それを小さい頃から見て肌で感じてきた自分は、同じ司法の場に於いてどれだけ限界まで突っ張れるか、ということこそが最も重要なスキルであることを嫌という程知っていたから。
 美貌? プロポーション? そんなものオマケだ、とは思いながらもこの突っ張る力を強化できるならとどんどん利用した。
 やりすぎているのかも、と省みる心に、私を頼ってくれる人たちの想いが、私に是という答えをくれた。


 ある日、ネットで犯罪関係の記事を検索していると、南米で麻薬組織と戦った人達が残忍に殺されている写真集というのに行きあたった。
 生きながら性器を切り取られ、それを口に押し込まれた、警官の生首。
 その警官の恋人は、何のかかわりもないのにその警官の目の前で犯され、生きたまま手足をチェンソーで切断されていったそうだ。
 そして、組織を批判した若手美人弁護士の、街角に晒された死体。
 手足が切断され、胴体にはメッセージを書いた紙片を留めるようにナイフが突き立てられていた。
 裸にされた胴体に対し、まだジーンズを穿いたまま切り取られた足や、手錠を掛けられたまま切り取られた腕が生々しい。 
 彼女も生きたまま手足を切断され、そのまま胴を掴んで犯され尽くし、最後に街中に捨てられたのだろう。

 私は猛烈な怒りを覚えるとともに、個人の力なんて、法の後ろ盾があっても、真の無法集団にはかなわないのだということを思い知った。
 その無法者たちは軍幹部の自宅まで襲い、軍部さえ恐怖に陥れているそうだ。

 しかしここまでの無法はさすがに日本ではありえない。
 都市伝説的な話は色々と耳にするが、ほとんどはネット上でまことしやかに練り上げられた嘘でしかない。
 しかも、お父様の持つネットワークは万一私の身になにかあればあらゆる方向からそれを調べ、解決することが充分出来るものだったから、仮に一般人が遭遇するような危機も私には寄りつかないはずだった。
 もちろんそれに頼り切るつもりはないが、それもまた自分が利用できるモノとしてその機能は活用させてもらうつもりだったのだ。
 そして仮に、それを知らぬ者との小さな諍いがあったとしても、そんなものは私自身で片が付けられる。
 むしろ大きな組織ほど、そんなことは出来ないことを良く知っているはずだった。

 しかしそんな自分自身の法的物理的庇護のこととは別に、私はその無残に切り裂かれた美しい外国人女性の写真からしばらく目が離せずにいた。
 この人も法に携わる者として、まさか直接攻撃は無いと思ったからネット上で麻薬組織を批判したんだ。
 そしてリアルな絶対暴力の前で、激しい無力さを呪いながら、その美しい身体を惨めに破壊され、凌辱され、路上に投棄されてしまったのだ。
 その時私はなぜかその姿を我が身に置き替え、マウスを握る手にジットリと汗が浮き、下腹部がじわりと熱を持つのを感じた。

 PCのモニターの前で自嘲するような笑みを浮かべ、首を横に振って自らの考えを否定する。
 心の奥底で、私は陵辱され屈服する自分を望んでる……?
 バカげている。
 実際、私には誰も手が出せないし、直接挑みかかってくる男も何度もねじ伏せて来た。
 自宅のセキュリティー、裁判所や事務所までの移動、どこをどう想像しても騒ぎを起こさずに私に危害を加えるなど不可能だ。

 しかしそれは起きた。
 一番くつろげるはずの私の自宅マンションで。
 本当のプロにかかれば、超高級マンションのセキュリティーですら無いも同然なのか。
 最初はあまりの突然さに、親しい友人が何かサプライズを仕掛けたのかと思った。
 お父様に聞けばお父様用に教えてある暗証番号でドアの解除も可能だからだ。
 しかしお父様がそんなお茶目に協力するなど有り得ないと思い至るより先に、腕に激しい痛みを感じた。
 多人数であることを察知した瞬間、強引に抵抗するよりも助けを呼ぶべきだと判断し、反射的に大声を出した……はずだった。
 しかしそれは分厚い手袋のようなもので封じられ、必死に振りほどこうとする腕が逆にどんどん自由を奪われて行くのを感じ、背中に多量の冷たい汗が浮いた。
 最も安らげるはずの自室の中に立ちはだかる悪意の壁に押し包まれ、腕の自由を奪われた後には、ごってりベルトの下がった革製の分厚い首輪を嵌められ、呼吸が苦しいほどキッチリ締め上げられた。
 そして口には金属の筒を嵌められ、『やめて』という叫びはただガッキと金属筒を噛み締める衝撃となって虚空に散った。
 絶叫したくなるパニックを必死にこらえて相手のことを良く認識しようと睨むと、その視界を遮るように顔に革ベルトが回され、恐ろしいほどの手際で、うなじ・頭頂部・額の水平位置で締め上げられると、顔全体がメリメリと爆ぜそうな締め付けに晒された。
「オウウウ!!」
 叫んでそれを振りほどこうと顔を滅茶苦茶に振ったが、顔面は見事なまでにその拘束具に囚われていて、必要最小限の革ベルトによって私の口に押し込まれた筒を忌々しいほど効率よく固定していた。
 その筒の直径より大きく口を開ければ隙間から上手く叫べるかと思ったら、頭頂から下顎へと回るベルトによって開口する動作すら封じられていた。
 私は阿呆のように開いた口に筒状の口枷を三次元的に絶対固定されてしまった惨めさに、相手を睨む目に涙が浮きそうだった。


 ここまでされれば次の展開は、想像したくはないが予測はつく。
 お気に入りのブラウスは無残に切り裂かれ、ブラも躊躇なく切断されて剥ぎ取られてしまった。
 陵辱者たちに乳房をそして乳首を晒す屈辱。
 敏感な突起を冠した大振りな肉塊が2つ、荒々しい行為の渦中に揺れる。
「ヒッ……ひやッ!」
 その頼りなさ、惨めさに負けそうになる。
 力で従わされるというのはこんなにも惨めで屈辱的なことなのか。

 そのままスカートも下ろされ、ストッキングは破り取られ、既に残骸となったブラとお揃いのショーツにも刃が当てられた。
 その刃の背が肌に食い込む冷たさの恐怖より、そこまでされても、あとコンマ数秒でただの布切れにされてしまうショーツすら守れない自分の惨めさに心が裂けそうだった。
 それに加えて、純粋に女として全裸を晒す羞恥が私を襲い、とうとう目の端に涙が浮いた。

 果たして見ている目の前でショーツは躊躇なく切り落とされ、全裸を晒してしまった。
 羞恥の渦に一瞬呆然としていると、胸が冷たく締め付けられ、急に恐怖がよみがえった。
 先ほど私の身体にしつらえられた首輪から伸びるベルトで、どんどん自由が奪われる恐怖が。
 既に背中でガッチリ固定された腕の不自由さに、人間を手早く服従させるための工夫に満ちたベルト装具がこの世に存在することを思い知らされ慄然とする。

「ひゃ……ひゃへ……ひゃめなひゃいッ!!」

 乳房の上下に冷たい革ベルトが巻きつけられると、大事な二つの膨らみが手荒に押し潰される恐怖に駆られる。
「ひゃぁああ!!」
 『嫌』という叫び声は筒を吹き抜ける風切り音にしかならない。
 そして無慈悲にベルトが締め上げられ胸板がギチギチに圧迫されると、浅い呼吸に制限されて、捕らわれて支配下に置かれたことを嫌でも理解させられる。
 上半身を完全に固縛されたところで、跪いた姿勢から顔を床に付ける程に前屈する屈辱の姿勢を取らされた。

 しかし私は、虚を突かれてこんなことになってしまったが、私と言う存在が欠けたことで大騒ぎになることを予測できないこの凌辱者集団に対し、心のどこかでまだ余裕を持っていた。
 こいつらは、ただ現時点での私の拉致に成功しても、その先それを隠しおおせ、逃げおおせ、目的を達成することなどとうてい出来ないネットワークの中に絡め取られるのだ、と。

 だが、その包帯の人物がゆらりと立ち上がった時、私はかつて感じたことのない、自分の力の及ばない邪悪な存在を感じ取った。
 その邪悪が具現する瞬間。
 包帯とコートを取り去ったそこに居たのは、私。
 鏡?
 違う、実像だ。
 脳の理解の範疇を逸脱した、あまりに意外な出来事に、これもまた何かのサプライズかと思ってしまった。
 しかし次の瞬間、まるでネットのログイン画面に、自分の目の前で自分のIDとパスワードをスラスラと打ち込まれる瞬間を目撃した気分になった。

”なりすまし”

 その意味するところに、慄然を通り越し、発狂しそうになった。
 目の前の人物は、私の持つ全てのシステムをやすやすと奪うことのできる存在だからだ。

 私は全てを剥奪され、虚無の空間に放り出された気分になった。

 目の前の、あれが、私なら…… この私は、誰?

「あぁ、東雲 樹里華は、もう私ですものね。貴女は今からただの牝豚ちゃんだったわ」

 信じられないことに、瞬間で答えが返って来た。
『牝豚ちゃん』なんだ。
『牝豚ちゃん』だったんだ。
 え? 何言ってるの?
 そうだっけ、いつからだっけ。

 そしてまたすぐに答えが返って来た。
 鼻が突然ツーンと痛くなった。
 これもまたあまりに想像から外れた行為に、何が起きたのか、何をされたのか、認識できなかった。
 ただ鼻が痛くなり、目の前に邪魔なベルトが縦に通り、顔をミチミチに締め上げているベルトの頭頂部に負荷が掛かった。
 口枷と同じく、振りほどこうとしても、ご丁寧にその痛みはきっちり付いて来る。

 目の前にいるもう一人の私の足が、私の顔を踏みつける。
 一瞬、何で踏まれなければならないのかわからなかった。

 そして目の前に置かれた鏡を見て、この私の姿を知った。
 そこに居たのは人の形をしたブタだった。
 醜く歪んだ鼻の様子は、今実際に私に起きている痛みと一致し、その鏡の中の姿が現実であると知った。
 そして、なぜか踏まれる理由までも納得してしまった。
 そう、もし目の前の私が私でも、こんな醜い牝豚、踏みつけてやるに決まってるから。

「……ッ! ひッ、ひやッ!!」
「ふふふ、ホントお似合いよ、牝豚ちゃん」
 私自身に踏みつけられ、豚顔を晒す姿を鏡で見せられたところで、本当に助からないということを確信した。
 パチンと音がして、心と身体の入れ替わりが起きた気分。
 この拉致の暴挙から助かるとか、そういったレベルを超え、私はもう存在を消滅させられたことを実感したから。
 不思議な脳内の納得はさておき、感情では悔しくて、惨めで、恥ずかしくてポロポロ泣いたが、本来これは『東雲 樹里華』が流すべき涙で、『東雲 樹里華』は目の前に居て私の顔を踏んでいる。

 牝豚…… なんだ。
 牝豚…… でいいんだ。

 あの麻薬を批判した女弁護士の、美しい足にチェンソーが触れた瞬間の、彼女の心に想いを馳せた。

 やられた、と認める瞬間が、私にも来たのだった。


 やられた。


 そして、この全く想像もできなかった方法で存在を全て奪われ、おぞましい姿で拉致されて、トランクに詰め込まれた私がここにいる。
 強引にしかも自宅で拉致されたパニックからやっと少し醒めた私は、なんとか状況を分析し始めた。
 ゴトゴトと容赦無いノイズに包まれるこの箱は、きっと車の座席ではなくトランクか荷台に押し込まれているのだろう。
 同じ姿形をした偽物にすり替わられてしまった私は、一瞬のうちに私を守る強大な防壁を全て剥ぎ取られてしまった。
 無力な全裸の肉。
 いや、全裸の肉よりもっと悪い、人を豚に貶める革製品で戒め、飾られている。
 胸郭を圧迫するほどに締められた胸のベルトは、女の誇りである乳房を惨めにくびり出し、息苦しさが持続することで常に私に囚われの身であることを意識させる。
 ピクリとも動かせない腕、そして淫らなM字に開かれたまま固定された脚は、あらゆる凌辱を防ぐ手立てを一切持たない弱い惨めな女に私を仕立てている。
 そして声を奪った上に口を犯されるのを防ぐ手立てを奪う金属筒を口に咥えさせられ、あまつさえ鼻を豚鼻に吊り上げられて、抗う心すら破壊されようとしている。

 ああ、またあの惨殺された女弁護士の画像が頭に浮かぶ。
 抑え込まれてチェンソーで足を切断される瞬間の、あの子の気持ちが本当に良くわかる。
 私の場合はその切断が、一瞬ではなく、これから一生、コマ送りのようにゆっくりと続くのだ。
 一コマずつ、全力の突っ張りの代償を、いちいち思い知らされながら。

 すぐ死ねたあの子は、幸せだったのかもしれない。

 ツケが来る。
 これから怒涛のツケが来る。
 私は、私を忌み嫌っていた人たちに、自由自在に犯されてしまうのだろう。
 私の人生はもう終わり、牝豚の生活がはじまる。
 想像するだにおぞましい状況がこのあと確実にやってくる。
 チェンソーは太ももに当てられた。
 あとはそれが深々と私の肉を切断するのを見るだけだ。

 拉致後の扱いは予想通りだった。
 彼らの勝ち誇った顔や、罠に嵌められて惨めな姿にされた悔しさは、表面上の私の感情を刺激し、彼らの求めている反応を返し、彼らを楽しませた。


 拘束されたままあの社長をはじめ、見知った顔に順番に犯された時に思った。
 ああ、これが右足なんだ……

 アナルをこじ開けられ、犯され尽くした時に思った。
 ああ、これが左足なんだ……

 乳首とクリトリスにピアスをされた時に思った。
 ああ、これが右腕なんだ……

 そして鼻中隔にピアスされ、鼻輪を通された時に思った。
 ああ、これが左腕なんだ……

 あれ、もっともっとひどいことがまだまだ待ってるのに、私、手足足りないじゃない。

 その時思った。

 あの子より、私の方が幸せだ。
 だって、まだまだ私の手足、尽きそうにないから。

 男たちのに肉体に挟まって、豚の姿で3つ穴犯されながら、まだまだあの子の所に辿り着けそうもない自分を、一コマ一コマ噛み締めていた。



 数え切れぬほどの陵辱を受け、本当に豚のような肉体にされてから相当な時間が経ったが、私は心の奥底に薄皮一枚の避難場所があり、『やられた』と思った時からずっと牝豚を演じていた気分だった。
 あの惨殺された女弁護士で言えば、ダルマにされてもまだ生きている状態だ。

「ご無沙汰してますね」
 バックで突かれながらよがってる私の前に、また包帯を巻いたコート女が現れた。
「あらあら、そんな怖い顔しなくても…… どうぞ続けて下さい。あ、この姿は次のお仕事の支度中で、まだ癒えておりませんのでこんなカッコで失礼します」
 その時初めて合点がいった。
 この女はこうやって次々に嵌める相手に化けて仕事をしているのだ。
「今日は、あなたの事件に決着がついたのでお知らせに来たのです」
「ああんッ! アン! アン!」
 四つん這いの私を後ろから犯す男は全く気にせず突きまくるので声が出てしまう。
「ほら」
 彼女が見せた新聞には『女性弁護士自宅マンションから投身自殺』の文字があった。
「高層マンションでしたものね、判別できないほどグチャグチャだったそうですよ? DNA鑑定の結果、本人と断定……」

「お! うおおおお!! 締まる! 締まる! どうしたんだ急に!」
 彼女のいきなりの来訪にも動ぜずセックスを続けていた男が、呻くように声を上げた。
 私は突然不思議な充足感に襲われた。
 あの時奪われた、『女弁護士 東雲 樹里華』を今、返してもらった。
 豚の私と弁護士の私がようやく一つになった。
「あ! いや! いっちゃう!!」
 豚として人語は禁止さているにもかかわらず、めくるめく快感の渦に襲われて声が出た。


 そう、『女弁護士 東雲 樹里華』は、たった今、初めて、牝豚に『堕ちた』のだ。


 終わり


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