気高き牝奴隷が抗い続けた果てに……

【1】天空を舞い狩猟するモノ

 上空から見下ろすと一面に緑に覆われたジャングルが広がっているのがよくわかる。
 そこは東南アジアに位置する某国だった。度重なる内乱によって国は荒れ、現在の軍事政権が樹立した後も様々な勢力が反政府ゲリラとしてテロを起こしているような国だ。
 ジャングルは混乱をもたらす彼らが身を隠すのに最適で場所であった。
 首都から遠く離れて舗装された道はとうに尽きている。もはや道と呼べるものもなく、鬱蒼と茂る木々の間を縫うようにしか進めない。そんなジャングルの中を移動する複数の車両があった。
 無骨な装甲で覆われた装甲車を先頭に何台もの軍用トラックが続いていく。幌で覆われた荷台には多くの物資が積まれ隙間を埋めるように兵士の乗り込んでいた。
 積み荷は食料や日用品、それに銃器や弾薬、携帯用のミサイルまである。それらを守るように野戦服に身を包んだ兵士らが周囲を警戒しているのだった。
 全員が緊張した面持ちで銃器を手にしている。彼らのピリピリとした殺気立った気配が車列を満たしていた。
 そんな重苦しい雰囲気の中、それに物怖じしない人物がひとりだけいた。
 最後尾を行くトラックの助手席に座る白いスーツ姿の優男だ。暑さが気にならないのか仕立てられた上等な上着を着込み、ネクタイまでキッチリとしめている。
 クーラーの効いた都会の建物で見るには問題のない姿だが、東南アジア特有の肌にまとわりつく湿気の中では見ているとこちらが汗をかいてしまいそうだ。しかし、当人は涼し気な様子で窓から外を眺めながら鼻歌まで奏でているのだった。
 それは日本で流行りのアイドルの新曲なのだが、運転する年配の現地兵士が知るわけもない。
 場違いなBGMに顔をしかめながら奇妙な同乗者を横目にハンドルを握っているのだった。

「おや、もう見つかってしまったようだ」

 白スーツの男が上空を見上げてボソリと呟く。その途端、天より降り注いだ一本の槍が先頭をいく装甲車に刺さる。
 すぐさま激しい閃光とともに爆音をあげて、車両が木っ端みじんに吹き飛んでいた。
 それは対戦車ミサイルによる攻撃だった。それを理解した瞬間、列をなしていた車両は四方に散開していた。
 その動きから先ほどの攻撃を予見していたのがわかる。だが、無線から聴こえる声は呪詛やスラングに満ちている。現状が望ましい展開でないのがよくわかる。
 男が再び上空を見上げれば木々の隙間から飛翔する小さな機影が見えた。

――軍用ドローン

 それが飛翔体の正体だった。数カ月前からジャングルの上空を飛来するようになり、反政府ゲリラの車両や河を移動する船舶が次々と狙い撃ち、血祭りにあげられていた。
 ジャングルは身を隠すにはよい場所だが、まともな生活をするに外部からの物資の調達が必要不可欠だ。その輸送経路がことごとく潰されているのだ。
 おかげでゲリラたちはジャングルから出ることもままならず、ようやくこうして物資を調達しても運び込もうとする先から襲撃を受けているのだ。
 噂では現軍事政権が秘密裏に雇った傭兵部隊による仕業らしい。潤沢な資金を持つ傭兵部隊らしく、先ほどのような軍用ドローンを投入してきているのだった。
 最新鋭の機体で機首に装備された高性能な複合カメラで獲物を探しだし、両翼に吊り下げられたミサイルで仕留める姿は狩猟者の名を与えられただけはある。
 しかも半自立型のAIによって、人による遠隔操作がなくても自動的に獲物を探し続けるのだった。
 その結果、昼夜を問わず高みから獲物を探し続けているのだ。
 そして、その真価を目の前でまさに発揮されていた。
 護衛の兵士らが一斉に銃口を向けて撃墜を試みていた。バラバラと放たれる大量の銃弾をものともせず、放たれた幾条もの携帯式対空ミサイルを軽々と回避していく。
 そうして発砲のあった位置をスキャンして、木々の下で逃げ惑う車両を次々とロックオンしていくのだった。

――Pi、Pi、Pi……

 それらが攻撃対象だと認識したAIは、即座に搭載された武装から最適解を導き出すと的確に実行に移していく。
 主翼下面に設置されたハードポイントから二基のミサイルが切り離された。ノズルから炎を吐き出しながら直進するそれは、途中で分解されると内蔵されていた無数の小型爆弾を広範囲にばら撒いてみせる。
 数秒の静寂ののち、轟音とともにジャングルに無数の火柱が立ち上る。
 クラスター爆弾と呼ばれる兵器が使用されたのだ。広範囲に小型爆弾を散布でできる殺戮兵器であり、国際的な条約によって使用が禁止されているものである。
 だが、公式にはこの国に傭兵部隊は入国しておらず、国軍が保有していない最新鋭のこの軍用ドローンも存在していないことになっている。
 それを見越しての武器の使用であることからも使用する者の劣悪さが垣間見える。
 ドローンは全ての敵対勢力の殲滅を確認すると、機体を翻して闇夜へと消えていった。

――ドルンッ

 低い排気音を轟かせて一台の軍用トラックが炎の壁を打ち破って飛び出してきた。
 ハンドルを握るのは先ほどの白スーツの男だ。

「ははッ、他は全滅したのようだな」

 十台近くいた車列から爆撃から生き延びたのは彼が乗る一台だけだった。そんな状況でありながら煤で顔を汚した男は実に愉しそうである。
 降り注ぐ爆弾の中からどうやって生き延びたのか、ハンドルを奪われた年配の兵士も信じられないようだ。
 ただ、再び鼻歌を奏で始めた男によって生還を果たしたのは理解できたようで、先ほどまでの侮蔑に満ちた眼差しから少年のようにキラキラした憧憬のものへと変化していた。

――男の名は紫堂 一矢(しどう かずや)。

 かつては日本国内最大の暴力組織の幹部であった男だが、今は出奔して南米に本拠地をおく犯罪シンジゲートの幹部になっている人物だった。
 組織が極東への進出をはかるにあたり、彼は様々な勢力が群雄割拠して混乱するこの国へと訪れていた。
 ドローンによる襲撃を命からがら生き延びた彼は、ハンドルを同乗する年配兵士に戻してジャングルの奥地へと向かう。
 その先には、この辺一帯を支配する反政府ゲリラの拠点があるのだった。

――自由博愛同盟

 実に胡散臭い団体名の彼らは野戦服姿で銃器を手に取り、自由の名のもとに殺戮を行う悪辣な集団だ。
 指揮官はクーデター前に存在していた王国軍の将軍だ。民主化を願う人民に銃を向けて大量虐殺した罪で現在の政権に告訴されている人物だった。
 部下を引き連れて反政府ゲリラとなった彼らは、支配地域の子供を兵士として徴収し、大人を安価な労働力としてこき使う。そうして、密かに育てた麻薬と不要となった人間を海外に売り飛ばすことで軍資金を稼ぎ出しているのだ。
 紫堂の乗った軍用トラックは道なき道を進み、密林奥地に造られた反政府ゲリラのベースキャンプへとようやく到着した。
 木々に隠れて上空から視認されないように巧妙にカモフラージュが施された軍事施設だ。多くの兵士の姿が見え、潤沢な資金で揃えられた大量の兵器が並ぶ。
 所々に対空砲や対空ミサイルまで配備されていては、先ほどのドローンでも容易には近づけないだろう。
 見張りが立つゲートを抜けた軍用トラックは、そのままフェンスで囲まれた敷地内に入ると中央にある広間に到着する。
 するとすでに無線で到着を告げられていたのだろう。待ち構えていた大勢の兵士らによって囲まれると盛大な歓声とともに出迎えられた。

「これは、熱烈な歓迎だな」

 予想外の展開に紫堂も苦笑いを浮かべていた。
 軍用ドローンによって車両がことごとく撃破されている現状では想像以上に物資の不足を発生していた。
 ドローンを避けて人力による物資の運び込みを行われているが、徒歩による搬入では運べるものにも限りはある。特に酒や甘味といった優先度の低いものは、とうに底をついていたのだ。
 その不足していた物資が届けられたことが兵士らを悦ばせる要因であったが、それ以上に勇敢にも軍用ドローンの魔の手から生き延びた紫堂らが英雄視されていた。この国では戦場での英雄を崇拝する傾向があるのだ。
 本来であれば周囲が敵だらけな彼らにとって、外部からの人間は信用ならない存在のはずである。常に厳しい目が向けられて警戒されるのだが今回だけは違った。
 少年兵らは武勇伝を聞きたそうに目を輝かせ、大人の兵士らは積み荷の酒を片手に酒盛りに誘ってくる。
 紫堂はそれらを適当に相手をしながら過ごしていると、一緒に軍用トラックに乗っていた年配の兵士が指揮官らしき人物を連れて戻ってきた。
 将官用の軍服に数え切れないほどの勲章を胸に下げた恰幅のよい男だ。ユサユサと肥満した腹を揺らして歩く姿はやせ細った下級の少年兵らとは対照的だ。
 命の恩人だと熱心に語る年配兵の説明に口ひげを指でなぞりながら鷹揚に応えてみせると、司令官は紫堂に握手を求めてくるのだった。

「話は事前に聞いてますが、なにやら商談に訪れたとか、ミスター紫堂」
「えぇ、双方にとって損のない話だと思います。ですが、まずはお近づきの印を」

 そういって紫堂が取りだしたのは最高級品のブランデーだった。
 訪れるにあたり交渉相手のことは事細かく調べており、趣味趣向から好みの酒まで把握していた。特に軍用ドローンによって趣向品の搬入は滞っており、司令官といえども我慢を余儀なくされていた。
 無類の酒好きだという彼のために木箱いっぱい用意された酒瓶に、慎重な姿勢を崩さなかった司令官もつい頬を緩ませた。案内役として横にいる年配の兵士をつけると紫堂が滞在する間の好待遇を約束するのだった。
 そうして持てるだけの酒瓶を抱えてホクホク顔で執務室のある建物へと戻っていくのだった。
 その後、施設を案内された紫堂はどこでも手厚い歓迎を受けることになる。
 話を聞こうと集まった少年兵らに同席した年配兵がやや誇張のはいった武勇伝を語って聞かせ、それに紫堂も調子を合わせて同調してみせた。
 それ以外にもせがまれて自身の経験を面白おかしく聞かせていると大人の兵士らも加わってきていた。
 白スーツ姿の澄ました格好の紫堂だが意外と気さくな態度に、次第に彼を囲む輪は大きくなっていく。
 軍用トラックで運び込まれた酒瓶を片手に盛大な酒盛りがはじまり、それは深夜近くまで続いた。

「ふぅ、やれやれ……少々飲み過ぎたかな」

 大の字になって転がる兵士らを避けながら建物の外へと出た紫堂は、懐から取りだした細巻きの葉巻を美味そう吸う。
 噴き出した煙を追うように見上げれば満天の星空が広がる。それを掴むように紫堂は腕を伸ばす。するとそれに応えるように星のひとつがチカチカと瞬いてみせた。
 それを見た紫堂は口元に乾いた笑みを浮かべるのだった。


 翌日になり、司令官との交渉がはじまった。
 昨夜は十分に大好きな酒を愉しんだのだろう。酒臭い司令官の息に内心で苦笑いを浮かべながら紫堂はテーブルを挟んで向かい合う。
 交渉の内容は彼らが栽培する麻薬を取り扱う売買契約だった。紫堂が提示した金額が相場よりも随分と高いこともあり、話はスムーズに進んでいった。
 品質の維持と量産能力を確認したいという紫堂の要望も、アッサリと受け入れられた。軍事施設から少し離れたところに造られた麻薬の精製工場や秘密の栽培所にも視察することが許されたのだ。
 それらがすんなりと許可が下りたのは提示した金額もあるが、やはり軍用ドローンの攻撃に晒されながらも生き延びたことが大きかったようだ。
 臆病者を蔑み、勇敢な戦士を称えるお国柄の風習は司令官たちにも浸透していた。本来ならよそ者には警戒心がひときわ強い連中も、諸手を挙げて紫堂を歓迎してくれていた。

「それでは、この契約内容で合意させてもいます」

 熱く交わされる握手の後に前金が手渡される。頑丈なトランクに詰められているのは札束でなく金塊だ。その黄金の輝きに司令官らは顔を見合わせて口元を綻ばせる。
 その効果もあり、司令官が主催した晩餐は豪華なものであった。
 将校たち幹部連中が揃い、豪華な食事が並ぶテーブルを囲む。意外にも出された西洋料理はなかなかの品々だった。聞けば麻薬農園で働かせるために攫ってきた者の中に有能な外国人の料理人がいたらしい。
 次々と出てくる料理に舌鼓を打ちながら、彼らは自分らの偉業を自慢するのだった。
 反政府ゲリラは国内だけでなく国境線の近い隣国からも労働力として人を攫ってきているのだった。
 子供や少年らは兵士として鍛え、それ以外の男は農奴として働かせて、女は性欲の吐き出し先として性奴隷として飼っている。
 使えなくなれば畑の肥やしとなるか、はたまた奴隷商人に売られるかだ。その場合も今よりも劣悪な境遇へと堕ちていくことになる。
 逆に奴隷商人から買われたり、各地から拐われてきた女たちは、まずは階級の高い順に女の検査と称した味見がおこなわれる規則になっているらしい。
 そうやって司令官をはじめとした幹部連中がそれぞれお気に入りの女を自分専用の性奴として確保していく。
 彼らのおメガネに掛からなかった女や飽きて手放した女が一般兵用に充てがわれるのだ。
 注意深く施設を観察すれば大きな倉庫の影にみすぼらしい小屋が建っているのに気付くだろう。
 一般の下級兵らは休憩時間になると下卑た笑みを浮かべてそこに入って行くと、少しして緩めた腰のベルトを戻しながらスッキリした顔で出てくるのだ。
 性処理の肉便器としてそこに飼われている女は四六時中、男たちの欲望のままに穴という穴を犯され続ける。そんな生活を続けていれば、数年で廃人となって使い物にならなくなるのは当然だろう。
 晩餐にはそんな処遇から逃れられた幹部らのお気に入りの綺麗どころが提供された。全員が半裸姿で紫堂に近寄り熱い接待をしてくるのだ。
 この国の女だけではなく、欧米、ロシア、中東、アフリカ系と様々な人種の美女たちが集められていた。
 その多くが現政府が海外から誘致した企業の社員であったり旅行者が主だ。高度な教育を受けた者の洗礼された気配を感じられる。
 笑顔で紫堂を囲む彼女らだが、もちろん現在の境遇に満足しているわけもなく、衣装と化粧で上手く隠しているが身体の各所には折檻を受けた形跡が見受けられた。
 日頃のストレスをその身で受けさせられているのだろう。彼らに怯えているのが伝わってくる。

(つまらないな……どれも暴力に怯えて内心で今の境遇を嘆いているだけか……)

 にこやかな笑顔を浮かべて接待を受けながら紫堂は密かに嘆息していた。
 紫堂自身も無類の女好きであり、気に入ればどんな手を使ってでも手に入れる主義だ。最近では普通の女では満足できなくなっており、目の前にいるレベルの女ならいくらでも入手することもできる。
 その為、無難な対応で接待を受けながらも、いっこうに目の前の女たちには唆られないのだ。
 幹部らの自慢話にも辟易して、早くも紫堂は飽きはじめているのだった。

「そういえば、貴方の国の女もここにいますよ」

 何気なく口にした幹部の言葉が耳に飛び込んできた。続く女の名前を聞いて紫堂は強く興味をひかれていた。
 奴隷商人から格安で仕入れたが、なかなかの美人だという。ただ、いっこうに司令官に懐こうとしなかったので今は下級兵士用の性奴として飼われているというのだ。

「それは、ぜひ見てみたいですね」

 下級兵士の性処理用牝奴隷など幹部らにとってはジャンクフードみたいなものなのだろう。歯牙にもかからない存在だが話題として振っただけなのだ。
 だから身を乗り出してくる紫堂の激しい食いつきぶりにたじろぎながらも幹部は承諾してくれた。
 宴が終わると案内を任されたのは例の年配の兵士だ。施設の敷地の片隅になるみすぼらしい木製の小屋へと案内された。
 小屋と言って人間が住むようなものではない。現地で牛などの家畜を飼う厩舎という方が近いだろう。最低限の屋根と壁があるだけの縦長のボロ屋だ。
 中へと入ると人間の体液と排泄物の臭いが混ざった酷い場所であった。
 兵士ばかりの軍事施設では清掃する者もろくにいないのだろう。どこも汚かったが、ここは特に酷い。幹部連中が同行するのを嫌がった訳が身に染みて理解する。
 簡単な遮蔽物によって小分けされた区画が通路の左右に並ぶ。それぞれに全裸の女が鎖で繋がれており、今も複数の男たちに犯されている最中だった。
 案内されたのは最奥の区画だ。地面に藁が引き詰めただけの床に尻をつき、壁を背を預けるようにして紫堂が想像していた女がそこに座っていた。

――鴨池 瀬里奈(かもいけ せりな)。

 日本国民なら誰もが知る人気ニュースキャスターだった女だ。米国の有名大学を首席で卒業した才媛で、モデル事務所や芸能プロダクションからの誘いを断り、テレビ局に入所した彼女は瞬く間に人気者になっていった。
 線純そうな顔立ちと落ち着いた物腰、そして知的さがにじみ出る丁寧が口調が印象的で、どんな難解なこともわかりやすく説明できる頭の良さと咄嗟の機転の効くところはまさにニュースキャスターとして適任な人物だろう。
 その上、モデルばりのプロポーションと女優張りの美貌の持ち主であるのだから、老若男女からの人気も高く。彼女の出演する番組はどれも高視聴率を叩きだしていた。
 昨年、周囲からの熱い要望で出版した写真集も飛ぶように売れて、いまやプレミアム価格となっているらしい。
 そんな彼女が病気療養を理由にして突然の引退をしたのは半年前。その後はパッタリと公の場に姿を現していなかったのだが、こんな所にいるとは予想外だった。
 だが、裏世界の住人である紫堂にとっては、それほど驚くことでもなかった。
 紫堂と同じく欲望のままに女に手をだす権力者は多い。それらに取っては美人ニュースキャスターのような有名人だろうと手に入れるのに苦労もなければ躊躇する理由にもならないだろう。
 大方、政財界の重鎮にでも飼われて、その怒りを買ったに違いない。だから、彼女がここに来た経緯に関しては、それほど重要視はしていなかった。
 ただ、彼を見上げてくる彼女の眼差しに大いに興味をそそられていた。

「へぇ、これは少し意外だったな」

 この施設にいる女たちはどれも暴力に怯え、助けを求めるような眼差しを向けてくるのだ。
 だが、瀬里奈は違った。その瞳に宿るのは呆れるほどのプライドの高さだ。
 劣悪な環境と粗末な食事によってひどく痩せており、アバラが浮いてしまっている。艶やかだった黒髪は荒れて輝きを失っている凄惨な姿なのに、その美貌だけは翳ることはないのだ。
 それどころか、知的な印象を与えていた清楚な仮面が剥がれた故に、彼女の隠し持っていた荒々しい本性が垣間見えてくる。
 恐らく遠い異国であるゲリラ施設に連れ込まれてからも従順というのにはほど遠い態度を貫いていたのだろう。
 司令官や幹部連中も一向に媚びずにいる瀬里奈に業を煮やして下級兵士用の性奴に堕とされた彼女は、白い柔肌には凌辱の痕は深く刻まれて額には見せしめの管理番号まで刺青されていた。
 そこまでされても心が折れるどころが這いあがってやろうという気概を残していることに紫堂は関心していたのだ。
 彼がおもわず口にした日本語に、それまで警戒の眼差しを向けていた瀬里奈が反応を示した。首輪に繋がれた鎖をジャラリと鳴らして前に出てくると彼を凝視してきたのだ。

――自分を知る日本人が目の前にいる……。

 そう気づいた時に普通はどんな行動に移るだろうか。助けを求めようとするのか、それとも落ちぶれた姿を恥じるのか、瀬里奈が起こした行動はそのどちらでもなかった。
 冷たく見下ろしてくる紫堂に向かって、奥歯を噛みしめるとギッと睨みつけてきたのだ。

「――ふッ」

 彼女の反応に紫堂はおもわず口元を綻ばせていた。そして満足したように背を向けると、そのまま小屋を後にするのだった。
 その一部始終を横で見ていた年配兵はふたりのやり取りを理解できずにいたが、慌てて彼のあとを追いかけていく。
 ひとり残された瀬里奈は気配が去ったのを確認すると、ゆっくりと腰をあげる。
 首輪に繋げられた鎖をジャラリと音を立てながら床を這い、彼女は紫堂が立っていた場所を調べはじめる。
 床にひかれた藁を漁るとキラリと光る金属ピンを手にする。紫堂が去り際に落していったのに気づいていたのだ。
 その時に向けられた挑戦的な眼差しを思い出して、瀬里奈は眉根を寄せて美貌に苛立ちを浮かべるのだった。


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