淫獣捜査スピンオフ 国民的アイドルとの休日

【1】予期せぬ再会

 あの涼子さんと共に潜入した秘密倶楽部の事件から一年以上が経過していた。
 前と変わらぬ仕事をして、数日ごとに着替えのための自宅へと戻る。
 そんな日常に戻り日々を過ごしていると、あの夏のひと時が夢だったのではと思うときがある。
 政財界の要人たちも関わっていた事件は秘密裏に処理されて全てが闇に葬り去れていた。
 関係者らには箝口令がひかれて、一時は身柄を隔離されていた俺たちも口を噤むことを条件に開放されていた。

「本当にあったことなんだよなぁ……」

 帰宅途中にあるコンビニ立ち寄り、遅い夕食のために弁当を選んでいると、店内放送で聴こえてきたのは国民的アイドルの歌声だった。

――翠河 玲央奈(ひかわ れおな)

 彼女を知らない者はこの国にはいないと断言できるほどの圧倒的な人気を誇るアイドルだ。
 綺麗な金髪を靡かせてステージで熱唱するハーフの少女の姿には、俺も熱狂させられたひとりだった。

(そんなアイドルと俺はあんな事をしたんだよな……)

 玲央奈もあの事件に巻き込まれた被害者のひとりだった。
 ある人物の企みに巻き込まれた彼女は、周到な罠によって身柄を確保されて秘密倶楽部へと連れ込まれていた。
 処女を奪われる寸前で逃げ出してきたところを、偶然その場に居合わせた俺が保護したのが出会いだった。
 そこは女性を牝奴隷として扱い愉しむような連中の巣窟だった。
 絶大な人気を誇るアイドルの少女を我が物にしたいと狙う連中から彼女を守りたいと潜入捜査中なのにかかわらず俺は行動していた。
 連中の目を欺くために調教して自分の奴隷として扱ったのだった。

(拘束して鞭を打ったあげくに処女まで奪ってしまったんだよなぁ)

 彼女を守るためとはいえ、熱狂的なファンに知られたら間違いなく刺殺される行為をしてしまった。
 事件が解決して闇に葬られたとはいえ、それが無かったことにはならない。
 だが、騒動の最中では謝罪する機会はなく、解決した後も気軽に会えるような相手でもない。
 そうして、今も喉元にトゲが刺さったかのようなスッキリしない状態が続いていた。

「はぁ……帰って少し飲むか」

 明日は急な休日で予定もない。ならば酒でも飲んで昼まで寝るのがパターンだ。
 缶ビールとワインを買い物かごに放り込むと、そのままレジで会計を済ます。

「うー、寒いな……雪でも降るのかな」

 コンビニの外へと出ると吐く息も白くなっていた。徐々に下がりはじめた冬の空気にコートの前を閉じる。
 予定よりも重くなったビニール袋を片手に、早足に自宅であるマンションに到着する。
 中古だったが、防音性と意外にセキュリティはしっかりしているのを理由に購入を決めた物件だ。
 だが、エレベーターでのぼり辿り着いた玄関先に、扉を塞ぐように置かれた黒い物体に思わず足を止めてしまう。
 それはうずくまった人間だった。黒く見えたのはフード付きの軍用コートを羽織っていたからで、膝を抱えてフードを被っていると黒い塊に見えてしまう。
 軍隊崩れの連中も事件に関わっていた事が脳裏をかすめ、嫌でも緊張が高まる。

(警備はザルなのか? どうする? この状況で逃げれるのか?)

 背後にあるエレベーターホールまでは身を隠せる場所は皆無の直線だ。まだ、反対非常階段の方が近い。
 相手が銃を所持していれば背を向けたが最後、銃撃されて御仕舞だろう。

(ならば無謀だが立ち向かってチャンスをうかがうしかない)

 酒類が詰められて重くなったビニール袋を叩きつけて、不意をついたところで逃げる算段をつける。
 そうと決めれば心は驚くほど醒めていく。あの事件をキッカケに備わった感覚を久々に思い出す。
 ゆっくりと歩みを進めて間合いを詰めていく。
 だが、その決意もすぐに無駄となってしまう。
 待ち伏せしていた人物が顔をあげて、こちらを認識して不意打ちのチャンスを逃したからだ。
 そして、相手の顔にも見覚えがあった。

「……あぁ、やっと帰ってきた」

 フードの下から溢れでた絹糸のように綺麗なブロンド髪。それが通路の照明で眩しいほど輝いていた。
 少し不機嫌そうに細められた大きく澄んだ青い瞳が驚く俺の姿を映している。
 金髪碧眼の少女の名は翠河 玲央奈。その来訪は完全に俺の意表をつくものだった。

「な、なんで……」
「それより、すっかり待ちくたびれて身体が冷え切ってるんですけど」
「えッ、あ、あぁ、じゃぁ、ひとまず中へ」

 唇を青ざめさせた様子から嘘ではないのだろう。ガタガタと震える姿に慌てて鍵を開けると中へと案内した。


「……どうしてこうなった?」

 リビングのソファに座る俺の背後から、シャワーの水音が聴こえてくる。
 それに混じって流れてくるのは、先ほどのコンビニで流れていた新曲の鼻歌なのだ。
 寒さに震える彼女から熱いシャワーで温まりたいという要望に応えた結果なのだが、週刊誌の記者にでも知られたら彼女の芸能活動の大ダメージを与えかねない状況なのだ。
 だが、事件でのことを正式に謝罪できていない俺に彼女を突き返すことなど出来るはずもなく、なし崩し的に今の状況となっていた。

(落ち着け、落ち着けぇ……こういう時こそ冷静さが必要だぞ。そ、そうだ、アルコールを買っていた)

 震える手でビニール袋から缶ビールを取り出すと封を開けてゴクリと一口飲んでみる。
 連日での仕事から開放されての一杯は格別だった。胃によく染み渡り、アルコールがよくまわる。お陰で動揺していた気分も徐々に落ち着いてきた。

「あッ、いいなぁ、アタシにもちょうだい」
「あぁ、沢山買ってきたから大丈夫……って、おい」

 肩越しに伸びた腕が俺が飲んでいた缶ビールを奪っていった。

「だいたい未成年が……酒を……」
「大丈夫、先日、めでたく二十歳になりました……て、なに固まってるの?」

 よく冷えたビールに口をつけながら、不思議そうにこちらを覗き込んでくる玲央奈。
 シットリと濡れたブロンド髪を白い柔肌に貼りつけた彼女はバスタオルを肩に掛けたままの全裸姿で立っていたのだ。
 お陰で股間で茂る金毛までもがバッチリと目に焼き付いていた。

「な、なんで、裸なんだよ!?」
「だって自宅では裸族なんだもん、それに今更でしょう?」
「お、お前なぁ……あぁ、いろいろ突っ込みたいが、まずはこれでも着てろッ」

 クリーニングから返ってきているものの中から白シャツを抜き出して押し付ける。

「えー、もぅ、しょうがないなぁ……」

 不承不承といった風の玲央奈だが、その頬が赤いのはアルコールのせいだろうか。照れたように背を向けると白いワイシャツに袖を通していく。

「エヘヘ、どう、似合う?」
「…………くぅ、選ぶのを失敗した」

 ただでさえ日本人離れしたプロポーションの贅沢ボディだ。なまじ隠されることでエロティックさが向上してしまう。
 窮屈そうに収められた乳房の谷間やシャツから生える素脚の色っぽさと、男物のシャツを身に着けた美少女ならではの破壊力は想像を上回るものだった。
 慌てて追加の衣服を用意するものの、なぜか今度は断固拒否された。
 目のやり場に困っている俺の反応を愉しむようにソファに並んで座ると、そのまま俺に背を預けてくるのだった。

「おぉい」
「えーッ、いいじゃん、戦友でしょう……それとも共闘者だっけ?」
「……ったく、あの時とは随分と雰囲気が違うよなぁ」
「エヘヘ、実はこっちが素かなぁ」

 俺を座椅子代わり使いながら、年相応の屈託のない笑顔を見せてくる。
 あの変態どもが跋扈する異常な空間で頼れたのが得体のしれない俺だったわけで、それでいきなり素を見せろというのも無理な話だっただろう。
 男の家に上がり込んでいる割に随分とリラックスした様子に、男として見られていないのではと思ってしまう。

(妹がいたら、こんな感じなのかな……)

 歳下に甘えられる感覚がこそばゆくもあるが悪い気はしない。
 奪ったビールを苦そうに飲んでいる様子に苦笑いを浮かべると、一緒に買っておいたワインと交換してやる。

「……ありがとう」
「いえいえ、ビールは返してもらうよ」
「――あッ」

 取り返した缶ビールを飲んだ俺に、玲央奈は驚いたような反応をしめす。

「どうした?」
「な、なんでもないッ」

 慌てて背を向ける玲央奈を怪訝に見つめると、その耳がみるみる赤く染まっていくのがわかる。
 それでようやく俺も間接キッスをしていたことに気付かされた。

(あぁ、前言撤回だな……どうやら、ちゃんと男として意識されてるらしいや)

 気まずい空気の中でふたりしてアルコールに口をつける。
 先に口を開いたのは俺だった。やはり、倶楽部での数々の行為を有耶無耶にはできないと考えたからだ。


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