ソール・トレーダー ― 中古奴隷もお取り扱いしております ―
【3】中古品
愛車であるワゴンタイプのペンツで次に向かったのは湾岸地区だった。
「フン、フフーン〜♪」
メンソールのタバコを咥えながら、大音量で流れるジャズに合わせて鼻歌を奏でる。
そうやってアクセルを踏み込んで愛車を疾走させていくのが仕事で気持ちを切り替えるときのおこなう私のルーチンのようなものだった。
都内を抜けて南下すると海が見えてくる。湾岸地帯に並び建つ建物の中から目的地であるテレビ局を見つけると、その地下駐車場へと車を入れていった。
私は政財界だけでなく芸能界や放送関係者にも顧客を抱えていた。この全国区の放送局では専務がお得意様で、情報通でいろいろとタメになる話をしてくれる方なので小まめに通っていた。
今では専用のパスカードまで発行してくれて、警備の方々とも顔見知りになっていた。
「やぁ、こんにちは。今日も専務のところ?」
「いいえ、今日は別件なの」
すっかり顔見知りになった初老の守衛さんと挨拶を交わすと、首からパスカードを下げて歩き出す。
複雑な構造の局内もすでに通い慣れて把握していた。
そして、目的の人物がどこにいるかも事前に把握していたので、その足には迷いがなかった。
――コンコンッ
ノックの返事を待たずに扉を開けると、そこは会議室だった。窓からは青空の下で広がる湾内を見渡せて、行き交う船を見ているだけでも実に楽しそうだ。
室内では打ち合わせ中だったのか、若い女性と年配の男性が座っている。
私の入室で話を打ち切ると、入れ違いで男性の方は退出していった。
「――えッ、ちょ、ちょっと、まだ話の途中……」
「ごめんなさいね。こちらの要件が最優先なの」
突然の乱入者に怪訝な顔を浮かべているのは、国民なら誰もが知る人気ニュースキャスターの鴨池 瀬里奈(かもいけ せりな)だ。
長い黒髪をローポニーテールにした長身の女性で、女優張りの美貌とスタイルの持ち主で、先月に売り出された写真集もなかなかの人気だと評判だった。
「……どちら様?」
退室していった男性の応対から私が只者でないと察したようだ。警戒しつつもその言葉は丁寧だった。
落ち着いた物腰で相手を冷静に見極めようとする姿勢は、流石はニュースキャスターだと納得させられる。
(清楚系で人気だというけど、随分の負けん気が強そうね)
紀里谷氏が残した牝奴隷の中で、もっとも歴が短いのが彼女だった。
四カ月前に、新たな刺激を求めて奴隷を探していた彼が白羽の矢を立てたのが人気と実力を兼ね備えた美人ニュースキャスターの彼女だった。
奴隷歴の長い先の二人と比べると調教の浅さから、まだまだ我の強さを感じられる。
それ故に紀里谷氏にお気に入られて、頻繁に呼び出しを受けては調教をされていたのは立河氏からの資料でも確認している。
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
「紀里谷氏が亡くなったのはご存知ですか?」
「えぇ、ニュースを読み上げるのが仕事ですしね、原稿で確認して驚きました」
「あの方とは契約を交わしておりまして、死後の整理をさせていただいております」
私の説明に当たり前だけど彼女はピンと来ていないようだった。
それに構わず、私は話を進めていく。
「ところで、紀里谷氏の死を知ってどう思われましたか?」
「え……あぁ、紀里谷さんには、いろいろ思うところがありますが、終わったことですからね」
話していて感情が高ぶったのか、俯いて表情を隠した彼女は肩を震わせていた。それを冷めた目で見ながら私は言葉を選んでいく。
「その事ですが、残念ながら貴女の身柄は私が引き取ることになっています」
「…………は?」
「お疑いでしたら譲渡の書類もここに……紀里谷氏のサインを書かれていますよ」
「いやいや、ちょっと待ってッ、なにを言っているのよッ!?」
驚きで顔を上げた彼女は泣いてなどいなかった。それどころか前髪で隠した下では笑みを浮かべていた。
「奴隷とは主人だった方の所有物。ならば死後は中古品として私どもで引き取らせていただいて有効活用させていただいております」
「こ、この私が中古品ですってッ!?」
「えぇ、通常の品よりお求めやすい価格に設定させていただきますよ」
安値というのは上昇志向が高く、プライドの高い彼女のようなタイプには堪える言葉だった。
彼女もそれに洩れず、表情を取り繕うのも忘れて怒りの形相を浮かべてくるのだけど、それも私の次の言葉で豹変する。
「ましては、主人の命を奪うような奴隷など二束三文の価値ですね」
「な、なにを言ってるのよ……」
怒りで紅潮していた美貌が見るみる引きつっていく。
私は会議室に設置されているプロジェクターを操作すると、先ほど芹沢少年から受け取ったメモリーを繋げて中にあるデータを表示させる。
壁一面に映し出されたのはは、紀里谷氏のマンションの部屋。そこで大イビキをかいている紀里谷氏の横で彼が愛用している精力ドリンクを持ち込んだものと差し替えている瀬里奈の姿があった。
「な、なんでこれが……確かに消したはず」
「えぇ、確かにサーバーからは消去されていました。でもね、消えたようにみえても、条件さえ揃えば復元は可能なのよ」
手先が器用でメカいじりもよくする芹沢少年は、最近では電子制御も勉強しているらしい。
お陰でそういう分野に疎い熊野をサポートできて、私の扱う商品の不具合も見てくれている。
今回もサーバーの映像が消えている件を相談したところ、快く手助けしてくれてデータの修復までしてくれていたのだった。
(これは、今回も特別手当を弾んであげないといけないわね)
危うく不良品を回収して、大事な顧客に売りつけてしまうところだった。
「ふ、ふざけないでッ、私はあのオッサンのモノでも誰のものでもないわよッ!!」
怒りの形相で立ち上がった瀬里奈は脇に置いていたダウンコートをスリムなボディに羽織るとスタスタと部屋から出ようとする。
だけど、扉の向こうには屈強なスーツ姿の男たちが立ち塞がっていた。
彼らは立河氏の配下の者たちだった。
復元された先ほどの映像を彼にも送ったところ、人手不足な私のために快く手助けのための人員を派遣してくれていた。
「な、なによッ、だ、誰か助けてッ!!」
大声で助けを呼ぶものの既に周囲の人払いはすんでいる。防音仕様の会議室に押し戻されれば、もう助けは望めない。
それでも諦められないのか、踵を返すと今度は私に掴みかかってきた。
大方、人質にでもしようと思ったのだろうけと、軽々と身を翻して交わすと無防備になっている足元を払ってやる。
そのままの勢いで派手に床にスライディングしてしまう瀬里奈を冷たく見下ろす。
「こういう仕事を個人でしているとね、流石に護身術ぐらいは覚えるものよ」
立河氏の配下によって、すぐさま取り押さえられた瀬里奈は悔しげに私を睨みつけてくる。
清掃系でうたっている彼女だけど、高い上昇志向とプライドの高さを隠し持っていた。
それは目的のためなら邪魔者を突き落としてでも登り詰めたいという激しいものだったけど、紀里谷氏はそこまでは見抜けなかったようだ。
奴隷として好き勝手に扱われることに我慢できなくなった彼女は、彼が気を抜いたところで薬物を仕込まれて殺害されたのだった。
自分に疑いが掛からぬように記録映像を加工して、精力ドリンクに薬を仕込んでいた。恐らく、その後に真理愛が来ることを知っていたのだろう、彼女に疑惑の目が行くように仕組んだのだった。
「いやッ、離してッ、離しなさいよッ」
両腕を背後にひねり上げられてダウンコート姿のまま拘束ベルトを巻かれていく。
組まされた両手首に加えて、二の腕にも巻かれたベルトがT字に鎖で連結される。
さらにコートから伸びる黒ストッキングに包まれた細い美脚も、それぞれ折りたたまれて脛と太ももにベルトが巻かれていった
膝を胸の左右にもってくるようにM字開脚のポーズで固定されると、嫌がる顔にも口枷が装着される。
アイマスクと口枷がセットになったヘッドギアによって、喋るだけでなく視界まで封じられてしまう。
そうして手足を拘束されて肉ダルマと化した瀬里奈はゴロンと床に転がされた。
「むぐぅぅッ」
激しい呻きを上げて必死に身体を揺するものの、もう自力で起き上がることもできない。
まるで荷物のように抱え上げられると、梱包材の詰められた大きな段ボールの中へと押し込められてしまう。
「一応、生モノだから天地無用で丁寧に扱ってね」
荷物を受け取りに来た配送業者の制服を着こんだ男性によって、段ボールは台車に載せられるとゴロゴロと運ばれていった。
そうして手伝いの男たちも引き払うと、入れ替わりで退室していた打ち合わせしていた男性が戻ってくる。
「ご協力、ありがとうございました」
「いえいえ、専務の大変恐縮しておりました。まさか鴨池が紀里谷議員を……」
「おっと、それ以上はダメですよ。あの方は心不全で亡くなられたのですから」
「は、はい。そうでした。彼女は当面は海外支社に転勤ということで、こちらは処理させていただきます」
冷や汗をかきながら頻繁に頭を下げてくる彼は編成局長として、それなりの権限を持っている人物だった。
そんな彼に私はやさしく微笑みかけるとハンカチを差し出す。
「この件はこれで終わりにしましょう。今度、改めて接待させていただきますね、新しいサービスを考えているのでご意見をお聞かせくださると助かります」
「は、はい、よろこんでッ」
小まめな接待は営業を円滑にするめるには必要な行為だった。
相手の好みをリサーチして、いかにサプライズを用意するか腕の見せ所だけど、暮れに向けて酒量が徐々に増えていくのが悩みどころだった。
「さて、残りのひとりは今は海外か……」
瀬里奈の対処が優先のために、海外で撮影中である女優に関してはひとまず保留にすることにした。
回収の目途がたった三人の処置を決めるために、私はその場を後にするのだった。
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