年下の彼女はツインテール(バッドエンド2―2−2)

【2】一転して不穏な気配がしてきました

 浴衣を羽織り、弐式さんに遅れて広間に到着した俺たちだが、その場に漂う不穏な気配に表情を引き締めさせられた。
 赤い絨毯の上に設置されたソファには、ノノの親友である唐木田 理沙(からきだ りさ)に、シスター・ショコラとシフォンが座っていた。
 彼女らはノノと同じく排泄管理栓を装着されて『結社』に協力を強制されていた被害者であり、今では大事な仲間だった。
 そんな彼女らが後手に拘束されて、目の前で相変わらずの笑顔を浮かべて立つ弐式さんを憮然として睨みつけているのだった。

「どういう事だよ」

 俺の問に弐式さんは答えなかった。代わりに物陰に潜んでいた黒ずくめの兵士の襲撃をうけることになる。
 それまで存在を感じさせないほどの見事な待ち伏せだった。それは気配に敏感なノノが完全に不意を付かれたことからもわかる。
 突き出されたナイフを隠し持っていた鍼で受け止めて、追撃の一撃を廊下まで跳び退いて回避する。
 だが、そこにも二名の兵士が待ち構えていた。そいつらが着地する瞬間狙ってくるのを飛鍼で牽制して、ノノは三人を相手することになった。

「くッ、この人たち強いです」

 ノノがそういうのは珍しいことだ。
 全身を黒い装備で固め、バイザーで顔を隠している兵士らは、フェイントと織り交ぜた緩急をつけた攻撃で翻弄してくる。さながら六つの腕を持つ阿修羅のごとき三位一体の攻撃で、最新鋭の戦闘用のドローンすら相手にしないノノを防戦一方にさせていた。

――だが、彼らの真の狙いは俺とノノの分断だった……

 どこから現れたのか、いつの間にか背後に立っていた伏兵によって、俺は床に組伏せられていた。
 荒事に揉まれて少しは体力にも自信があるつもりだった俺だが、なにもできぬままに制圧されてしまう。

「――先輩ッ!!」

 状況は圧倒的に不利だった。
 襲ってきた兵士には見覚えがあった。大学で首謀者であった室斑少佐の身柄を確保しに飛来した二機のヘリコプター。そこからロープで降下してきた部隊と一緒の装備だ。
 本来ならあるべき所属を表す標識も身に着けず、装備も一般兵と違うところから政府お抱えの隠密部隊なのだろう。
 無駄のない動きからも彼らの練度の高さがうかがえて、事実、俺とノノは窮地に立たされていた。

(クソッ、この四名以外にも、ヘリに分乗するだけの人数がまだいるのかよ)

 浴衣姿で装備も不十分とはいえ、ノノと対等に戦えている兵士たちだ。包囲される前にノノには脱出して欲しかったが、俺を連れてはまず不可能だろう。
 ノノの単身による脱出ならば可能性はあったが、彼女がそれをよしとしないだろう。
 それどころか、押さえつけられた俺の姿に彼女の瞳からはスッと瞳から光が消えていくのがわかる。
 よく笑う小顔からは感情が消えて、まるで人形のように見えるのだが、それこそがノノの本来の姿だった。
 俺の護衛として赴任したドジだが強いエージェント”ツインテール”ではなく、かつてヨーロッパの裏社会で恐れられた暗殺者”殺戮人形”として覚醒した彼女は、無慈悲なほど冷徹に人を殺してしまう。
 背後から迫るコンバットナイフを見向きもせずに蹴り上げて、残りのふたりの攻撃を難なくすり抜けてみせる。
 ゆっくりと包囲から歩み出た彼女の背後では、密かに繰り出された鋼糸によって絡め取られた特殊部隊員の姿があった。
 本来ならば、それで全身がコマ斬れになっているのだが、全身を覆うボディアーマーの性能に助けられたようだ。床に倒れこんで転がってるだけで済んだようだ。
 だが、先ほどまで苦戦させられていた三人があっという間に無力化された。その異常な事態に俺を押さえ込んでいる兵士に動揺の気配がないのだ。

(……どういうことだ?)

 背後にまわされた手首を掴まれているだけなのに、まるで万力で固定されたようにピクリとも動けない。
 俺を特殊な体術で無効化している兵士だが、そのおかげで兵士の方も派手に動けないはずだ。
 この男が仮に先ほどの三人より強いとして、あの状態になったノノより強いイメージがわかない。
 それがわからない相手でもないだろうと不審に思う俺は、兵士の手に握られているものに気がついた。

「まずい、ノノ、逃げろッ」

 いつの間にか俺の懐から抜き取られたコントローラーがそこにはあった。
 排泄管理栓を制御できるそれによってノノは室斑少佐に一度無力化されているのだ。
 当然、現地を調査したであろう相手も効果と使い方を熟知しているのは当然だった。

「――くあぁぁぁッ」

 飛び掛かろうち跳躍の気配をみせたノノが、ボタンひとつで悶絶させられていた。
 排泄管理栓が腸内へと外気を送り込んできたのだ。
 リミッターを外したそれは空気浣腸の強力版だ。その圧力は下手をするば内部器官を膨張させて破裂してしまう危険性すらあるレベルだ。
 いくら強靭な人間だろうが身体の内部までは鍛えようがないのだ。倒れ込んで苦しげに手で押さえるノノの腹部が徐膨らんできているのがわかる。

「ま、待ってくれ、降参だ、降参するから止めてくれッ」

 俺の悲痛な叫びにコントローラーから指が離れる。それによって、ノノの腸内へと空気が送り込まれるのが止まっていた。
 背後に捻りあげていた両手首に手錠をかけると、兵士は同じくノノも後手に拘束した。
 そんな彼女のそばに這って寄る。

「大丈夫か、ノノ」
「先輩……また、ノノは失敗しちゃいました」

 覗き込むとノノは、汗の珠を浮かべながらもペロリと舌を出してすまさそうにするしてみせた。
 俺の知る普段通りのノノに戻ってるにホッとするとともに、彼女の無事に安堵する。

「それは俺もだよ」

 その気になれば弐式さんは、すでに身柄を確保している仲間を人質にすることも出来たはずだ。
 冷静に考えれば、その時点で脱出も反抗も無意味だったということになる。

(それなのに荒事に持ち込んだのは、あの黒い部隊の実力とコントローラーの存在を再認識させるため……だが、それは俺たちにか?)

 なにか腑に落ちないものがあったが、これ以上は詮索する時間もないようだ。
 シスターたちと同様に後手に拘束された俺たちは頭から黒い布袋を被せられると、そのまま兵士らによって広間から連れ出される。
 そこに待機していたトレーラーに乗せられて、座席に鎖で繋ぎ止められてしまう。こうなってはノノ単独での脱出も絶望的だ。
 扉が閉じられる音の後、車両はゆっくりと動き出すのを感じながら、俺たちは何処かへと連行されていくのだった。


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