年下の彼女はツインテール(バッドエンド2―2−2)
【1】タイミングはもう少し考えて欲しいです
「それにしても、ここの温泉はいいでしょう? 人は少ないし静か、下界のことも忘れられる」
そういって弐式 五三六(にしき いさむ)と名乗る男は、俺とノノを前にして露天風呂で気持ち良さそうに浸かりながら晴天を見上げていた。
(掴みどころがない人だな……)
七三に分けた黒髪や黒縁メガネといった一昔前の日本のサラリーマン風の出で立ちや、常に目を糸のように細めてニコニコしている表情、そのどれもが俺には妙にわざとらしく感じだ。だからか、彼の一挙手一投足までも胡散臭く感じてしまう。
それも彼から感情らしきものが伝わってこないのが原因だった。
彼が笑顔を浮かべていても、そこからは愉しさが伝わってこない。故に本当にそう思っているのか疑わしく感じてしまうのだ。
(海外で、この国の人間は笑みを浮かべるばかりで、なにを考えているのかわからないっと言うのは、こういう感覚かもな)
だが、今のところ彼は約束を違えず、誠実に動いてくれている。
もちろん、それにはあちら側の損得勘定が絡んでいるのだろうが、おかげで『結社』と呼ばれる謎の相手によってテロ行為の片棒を担がされた俺とノノは、同じ境遇の仲間たちとともに、その正体を暴くことに成功していた。
E.O.S.
環境最適化システム(Environmental Optimization System)の頭文字をとってEOS――イオスと呼ばれる帝都大学と猩々緋エレクトロニクスが組んで密かに開発していた次世代型AI。
その余りうる強力な演算能力を駆使して、流通や交通網、インフラなどを効率的に管理運営を目指す国家プロジェクト”EONet(イオネット)”、それを悪用して国家転覆を狙っていた静かなるクーデターは、ノノたちの頑張りで阻止することができた。
大学敷地内で、来訪した特殊部隊によって首謀者であった室斑(むろぶち)少佐は取り押さえられた。その時に判明したが、目の前の男はそのクーデターの調査を陣頭指揮していた現政府側の人間だった。
その後の騒動から逃れるように彼が指定したのが、今いる郊外の山奥にポツリと建てられた政府御用達の温泉宿だったのだ。
(弐式さんが来たということは、俺たちの処遇が決まったということだろうな……)
目的も知らず強制されたとはいえ、俺とノノの行動で多くの人間が亡くなっている。その中には政財界の重鎮なども含まれていたらしいから、最悪は極刑も考えられた。
だが、大学での騒動から数日、事件に関しての情報は見事なほど遮断されていた。ノノを不安にさせまいと温泉を満喫している風を装っていた俺だが、内心では焦れていた。
だから、俺の心情などお構いなしにノンビリと肩まで湯に浸る男に苛立ちを感じはじめていたのもしょうがないだろう。
「お陰様でゆっくりできたけど、こうも情報が遮断されていると、そろそろ状況が知りたくてしょうがないですけどね」
つい彼に帯する言葉にもトゲがでてしまうのだが、嫌味が通じるかも疑問な相手なのだ。
実際、この宿には携帯の電波は届かず、情報といえばテレビのニュースと新聞だけだ。それすらも軍による大規模な戦闘には触れておらず、あれが夢だったのではと思わされるほどの隠蔽度合いだった。
それらもシスター・ショコラによるとEOSの処理能力を使えば容易らしい。穏便に事態を終息させているのなら、室斑少佐の目論見は潰えて政府側による施設の掌握が完了したと推測してもよいだろう。
だが、それらのあくまで俺らの推測でしかなく、事件に関する確かなる情報を欲していたのだ。
「そう目くじらを立てないで下さいよ、僕も宮使いの身分ですからね、上司のわがままに付き合って大変なんですよ」
飄々とした雰囲気からは、とても大変そうには思えない。こんな食えない男を管理している上司がいるなら、さぞかし有能なのか彼以上に問題のある人物だろう。
「それでですね、この数日は後片付けに奔走してましてね、ようやく貴方がたの処遇も決まりましたよ」
「――ッ」
「あぁ、この件にはお父上にも感謝してあげて下さい。いろいろと上と掛け合ってくれたみたいですよ」
台頭してきた暴力組織の長として裏の世界で注視されている俺の父親だが、ついには政府に圧力を掛けれるまでになったようだ。
意外なところからの助けの手に驚かされたが、最悪の場合は協力を仰ぐのも手だろう。
「そんなわけで、こちらも不眠不休で頑張っていたんです……それじゃぁ、少し早いですが他の方々と一緒に今後のことをご説明させていただきますね」
そう言って、湯船から上がった彼が脱衣所に向かいはじめたのに、俺とノノは慌てて後を追おうとする。
だが、お互いが湯から出てから全裸であることに気付いて赤面してしまう。
ひとり湯船に浸かり、ノンビリしていた俺に大胆なアプローチをしてきたノノだが、弐式さんの登場で気勢が削がれてしまったのだろう。
「あわわ……ご、ごめんなしゃい」
謝罪の言葉に舌を噛みながら、ノノは両手で小顔を隠してみせる。
自分の裸体を隠すよりも俺の裸体を見ないように顔を隠そうとするあたりがノノらしい。
だが、その指の隙間はわずかに開いており、覗き見ているのはバレバレだった。
その視線が俺の下半身に釘付けになっているのに、怪訝に思いながら見下ろしてみる。
そこには言い訳のできぬほどシッカリと勃起しているものが股間にあった。
(やべぇ、おさまってなかったわ)
強面でクラスメイトにも恐れられる俺も人並みに性欲もあるし、恋人が勇気を振り絞って迫ってきたのを無下にできるほど聖人君子でもない。
触れ合う女子のキメ細かな柔肌の感触に、キスの先まで期待して反応していたのだ。
弐式さんの登場で水はさされて頭は現実に引き戻されていた。だが、肉体は猛ったままだったのだ。
「あわわわ……」
ノノの手の影で小顔が耳まで赤く染まっていく。頭上から湯気がでそうなほどの赤面具合だ。
「あー……俺も男だからな。だけど、今、優先するのはあちらだからな……て、大丈夫かよ?」
照れ隠しに頭をかきながら先に脱衣所に到着すると、今にもオーバーヒートしそうなノノにバスタオルを放ってみせる。
そうやって冷静に対処しながら、俺も自分の顔が熱いのを自覚していた。
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