年下の彼女はツインテール(バッドエンド2―2)

【5】旅行みたいで愉しんでました

「まったく、何やってるんですか」

 俺の手当てをしながら、唐木田さんは呆れ顔だった。
 予想外のことに動転して運転を誤った挙げ句、乗っていた車両を街路樹に激突させていたのだ、呆れられて当然だった。
 幸いなことに乗っていたのが頑丈さがうりの軍用車だったのもあって軽症ですんで良かった。
 その後、待っていたふたりと合流した俺たちは、シスター・シフォンの運転する車で移動していた。

「いてて……」
「ほら、動かないで下さいよ」
「いや、手荒いって、もっと優しくしてくれよ」
「煩いなぁ、ならアレをどうにかしなさいよッ」

 彼女のいうアレとはノノのことだった。助手席で膝を抱えて落ち込んでいるのだ。
 いつも明るさを欠かさない故に、この世の終わりのような負のオーラを漂わせている姿は珍しい。
 運転するシスター・シフォンが慰めてくれいるようだが、あまり効果は上がっていないようだ。
 ショックのあまり便意も引っ込んでしまい、移動してからはずっと今の状態なのだ。

「どうにかって……うーん、どうすっかなぁ」

 こんなに落ち込んでいる姿のノノを見るのは俺もはじめてのことだ。
 考えても妙案が浮かぶわけもなく、諦めて正攻法でいくことにする。

「よっと……ちょっと倒すぞ」

 手を伸ばしてシートの背もたれを倒すと、小柄な身体を持ち上げる。

「――ふにゃッ、えッ、せ、先輩……」
「すまなかったな、俺もいろいろ動転してたみたいだ」

 そのまま膝の上まで移動させると対峙するようにすわらせる。ノノは俺の上でモジモジしたまま、困ったように俯いていた。

「ごめんなさい、怪我をさせて……その……あれも……凄く臭かったし……」
「あぁ、流石にな、だが、驚きはしたけどよぉ、ノノのなら嫌じゃないぜ」

 ワシャワシャと小さな頭を撫でまわして、胸元に抱き寄せる。

「だからよ、そんなに落ち込むな。ノノが元気ないと俺も寂しいからさぁ」
「もぅ、ノノのなら……って……エヘへッ、なんか変態ぽいですね」

 元気を取り戻したノノに唐木田さんもホッとした様子だが、俺たちのほんわかした空気に耐えきれずに入れ替わるようにして助手席に逃げ出した。

「でも元気になったのなら良いかな……で、私たちは何処に向かってるんです?」

 唐木田さんの発した疑問は俺も同じだった。
 車は高速道路に乗ったまま走り続けており、すでに他県に入ってから随分と時間がたつ。
 弐式さんとなにやら話していたのは知ってるが、侵入する方で頭がいっぱいで気にしている余裕がなかったのだ。

「ほとぼりが冷めるまでの潜伏先ですね、多分、いい所だと思いますよ」

 車は高速道路を降りると、周囲は山ばかりの場所だった。
 民家もなく、街灯もないので黒々とした山々に囲まれて宇が狭く感じる。
 そんな場所で一般道から外れて、木々に隠れる山道に入ると未舗装の道が続いた。
 ガタガタと揺られること小一時間、斜面にポツリと建てられた山荘に到着する。
 そこは『鶴竜楼』と看板が掲げられた温泉旅館だった。
 客が来るのか疑わしい場所にあるにしては格調高く、軍服を着たマニアのような姿の俺は敷居を跨ぐのに躊躇してしまう。

「なにやってるのですか、入りますよ」

 シスター・シフォンに背を押されるままに建物へと入っていく。
 改めてみれば他のメンバーの服装も十分に奇妙だった。
 シスター姿の金髪碧眼(見た目は十代)の美女に、ピッチリスーツのツインテール美少女、パーカーにジーンズとボウイッシュで中性的な魅力なこれまた美少女なのだ。よくてコスプレ帰りの集団といったところだろうか。
 だが、応対にでてきた着物姿の若女将は気にした様子もなく、俺たちを奥へと案内してくれた。
 通されたのは、正面の窓から自然豊かな絶景が見下ろせる素晴らしい部屋だ。

――あれ? 先客がいるな……

 ちょうど昇ってきた朝日によって、窓からの景色が朝焼けに染まる。
 それを背に、佇んでいた先客が振り返った。

「やぁ、来たね」

 ニッと白い歯を見せる黒肌の巨漢な人物は、消息不明だったシスター・ショコラだった。
 普段身につけていた修道服を脱ぎ、浴衣姿でくつろいでいた様子だ。
 筋肉質だが靭やかな四肢に、はだけた胸元から溢れでそうな豊乳。ウェーブのかかった肩まである黒髪をさらした姿で、随分と印象がかわる。

(黒豹のようだな)

 魅力的な金の瞳に見つめられると、妙に落ち着かない気分にさせられた。
 驚く俺の脇をシスター・シフォンが駆け抜けて、その胸に飛び込んでいった。

「馬鹿、馬鹿ッ、この大馬鹿、一時は死んだと思いましたよ」
「いてて、わ、わるかったって……こっちも身動きが取れなかったんだよ」
 
 彼女は弐式さんと会うために訪れた先で、室斑の配下の者に襲われたらしい。
 間一髪のところを弐式さんの保護された後、EOSの監視を逃れるために携帯電話の電波も入らないこの僻地の宿へと隔離されていたのだ。


「ここは政府の諜報機関御用達の宿でね。保護といえば聞こえがいいが、ようは軟禁だね。行動は監視されて、お陰でアンタらに連絡すら出来ない有様さ。だからコイツにも随分と負担をかけちまったねぇ」

 彼女の膝の上には寝息を立てているシスター・シフォンがいた。
 緊張が一気に解けたのか倒れ込むように寝てしまったのだ。彼女の金髪を優しく撫でながら事情を説明してくれていた。
 他の二人は持ってきたコントローラーでノノに排泄の許可を与えることができたので、唐木田さんにトイレに付き添ってもらっている最中だ。
 だからだろう、シスター・ショコラは俺にそばに寄るよう手招きすると、声をひそめてさらにいろいろと話してくれた。
 元ジャーナリストと言っていた彼女だが、裏では某国の諜報機関に協力する現地調査員でもあったらしい。
 その絡みで知り合ったのが弐式さんであり、この国の諜報機関に所属する人物であるようだ。
 何度か共闘したことがある相手だが詳細は不明で、下手な貸しを作らないように接触は避けていたのだが、悪化する情勢に背に腹を変えられないと接触を試みたのだった。

「まぁ、弐式の方も室斑が関わっているところまで調べてあげていたはずさ……だから、アタシらは餌に使われたのさ」
 
 シスター・ショコラは、室斑に俺らの動きを察知させたのは弐式さんだと読んでいるようだ。
 派手に動かせて状況証拠を揃えた上、専用回線まで確保して、俺らの動きを中継させていたのも証拠集めの一環なのだろう。

「まったく腹立たしいたらありゃしない。悔しいから、高いものを飲み食いしてやろう」

 ノノたちが戻ってきたところで、内線を使って次々と注文しだす。
 早朝だというのに、すぐに豪華な食材を使用した料理が次々と運び込まれてきた。
 その美味そうな香りに全員の腹の虫が盛大に鳴る。そういえば、昨晩はサンドイッチを少し口にしただけなのを思い出して、顔を見合わせて笑いあった。

「さぁ、どうせ弐式の払いだからね。ジャンジャン食べるよ」

 シスター・ショコラの掛け声とともに一斉に食べ始めて、俺たちは遠慮なく一流レストラン並みの絶品料理に舌鼓をうつのだった。


 そんな飲み食いする日々が続き、俺はすっかり日課になっていた昼の入浴を楽しんでいた。
 露天風呂があると聞きつけてからは暇さえあれば入り、今日も昼食後にひとり湯船につかっていた。

「ふぅ、食った、食った。いくつか気になる料理があったけど、聞いたらレシピを教えてくれないかなぁ」

 湯気が立ち上る中、広々とした湯船の中に置かれた大岩に背をあずけていた。
 空腹も満たされて青空の下でノンビリと湯につかっていると、ついウトウトしてしまう。
 誰かが湯につかり、ゆっくりと近づいてくる気配で目を覚ます。

「エヘへッ、ノノも来ちゃいました」

 目の前には肩まで浸かって見上げてくるノノの顔があった。ユラユラと波打つ水面の下には、なにも身につけていない裸体がみえてしまう。

「ノ、ノノ、お前なぁ」
「なんですか?」

 慌てる俺をよそに、ノノは目をパチクリして不思議そうに見上げてくる。
 その無邪気な瞳には、つい騙されそうになる。

「トボけたって無駄だぞ、わかってやってるだろ」
「エヘへッ、ちょっと大胆すぎましたかね」

 俺の指摘にペロッと舌を出してみせるものの悪びれた様子もない。
 嘆息する俺の横に並ぶと、嬉しそうに身を預けて甘えてきた。

「お腹……スッキリできて良かったな」
「はい、お陰で気兼ねなくモリモリと食べれました」

 排泄管理によって、いつ排便できるかわからない状況となり、自然とノノの食事量は減っていた。
 食べるのがなによりも大好きな彼女が、排泄できない日が伸びるほどに食べる量が減っていくのが辛かった。
 せめて、少量でも満足感が高い料理を心掛けることしか俺にできることはなかったのだ。
 だから、数ヶ月ぶりに思う存分に食べているノノの姿に俺は涙がでるほど嬉しかった。

「今のうちに、思い残すことなく食べておかないとですね」

 愉しそうに語るノノは状況を正確に理解していた。
 本人の意志でないとはいえ、俺たちは室斑の画策していたテロ行為に加担していたのだ。
 彼はEOSを利用して自分が成り上がるのに有利な環境を構築しようと企て、その欲望の先が軍内部の昇進で終わるのか、軍事政権樹立後の国家元首まで視野に入っていたかはわからない。
 だが、見方を変えれば政府を転覆させて実権を握ろうとしていたわけだから、立派なクーデターとも言えるだろう。
 それに関わっていた結社の要員は危険人物と認定されて、悪ければ投獄されて処分、よくても一生監視対象に置かれるはずだ。

(すでに今の段階でも監視されているだろうし、逃亡を企てたら銃殺される可能性もありそうだな)

 ならばと監視している連中に見せつけるようにノノの肩を掴んで抱き寄せてやる。

「せ、先輩ッ!?」

 自分から迫っておきながら、ノノはアワワと慌てふためき、茹でダコのように顔を真っ赤にしていた。
 覚悟を決めてギュッと瞼を閉じる姿に微笑みながら、ゆっくりと唇を近づけていく。

(――ッ!?)

 唇が重なる寸前、視界のすみに人影がチラつくのに気づいてしまう。

(同じ湯船にもうひとり浸かっている!!)

 湯気が立ち込めて視界が悪いとはいえ、気配に敏感なノノでさえ気づけていない。
 いつまでたってもキスされないのを不審に思ったノノも瞼をあけて、ようやく異常事態に気づいたほどだ。

「ノノ、ちょっと待って……まったく、覗きなんて趣味が悪いぜ」

 反射的に隠し持っていた飛鍼を投擲しようとするノノを止めて、人影に対して声をかける。
 それに応えるように近づいてきた人物の顔が、徐々に確認できるようになった。
 それは、折り畳んだ手拭いを頭にのせた弐式さんであった。

「いやぁ、覗き見するつもりはなかったのですが、すっかり声をかけるタイミングを外してしまってね」

 湯気で曇った黒縁メガネのレンズを拭きながら、臆面なく言い放つ。
 彼の言動から少くともノノが来る前には居たようだ。

(第一印象で妙に影が薄い人だと思ったが……)

 俺を助けてくれた時の銃の腕前もそうだが、胡散臭くみえる彼の実は底が見えない。
 少なくとも実力に自信がなければ、進退が極まった俺たちの前にのこのこと単身で再び現れはしないだろう。

「今日は良い話を持ってきたのですよ」

 メガネを掛け直した弐式さんは、そう言うとニッコリと微笑むのだった。


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