年下の彼女はツインテール(バッドエンド2―2)

【1】手掛かりを残していただけました

 周囲を畑に囲まれてポツンと建つ、昭和の香りが漂う木造アパート。その一階の中央にある部屋が俺の住んでいる場所だ。
 六畳間と猫のひたいほどの板間の台所、狭いながらも風呂とトイレは別々だ。
 家賃が破格の安さなのだが、床下や天井裏に御札やら妖しげな紋様が描かれていて、どう見ても乾いた血糊の跡がみられて納得する。
 歩けばギシギシと軋む音を立てる廊下の物件だが、俺ら以外の住人の気配を感じたことはなく常に静かだった。
 そんな俺の住処に、いまは恋人であるノノと同居している。
 窓から射し込む日射しを受けながら、ポカポカとする陽気の中、ノノは俺の膝を枕にして寝息をたてていた。

(腰まである長い栗色の髪をツインテールにまとめた小柄な少女が、裏の世界では恐れられていたエージェントだとは普通は信じられないだろうな……)

 新興の暴力組織を率いる俺の親父がらみでボディーガードとして派遣されてきた彼女と、そのまま恋人関係になっていた。
 騒動が一段落して、騒がしくも平穏な日常を取り戻した矢先、謎の結社によって拐われたノノはある器具を取り付けられてしまっていた。

――排泄管理栓

 肛門に咥えこまされた器具によって、今のノノは排泄はおろか放屁すらも自分の意志でできなくされていた。
 それをたてにメッセージで送られてくる指示に従い、汚れ仕事をこなす日々が続いている。
 その結果、多くの人々の命が失われて世の中は不穏な空気に包まれていた。
 度重なる要人暗殺のテロ行為に警察では対処できず、ついに世論は軍の介入を迎え入れた。
 銃器を装備したドローンが上空を飛び交い、街角には軍用車両が配置されて機銃を手にした兵士が目を光らせている状況が続いている。
 そうした異常な光景にも人は慣れるもので、戦車の上から園児たちに手を振る兵士の姿が微笑ましい光景だと、SNSでバズるようになってきていた。
 騒動で滞っていた流通も回復に向かい、日用品の配給も近々解除される見通しだとつけっぱなしのテレビでレポーターが語っている。
 迅速に行動して騒動をおさめた軍部に対する世間の評価も高い。
 近年は、挑発的な行為をくりかえす隣国と国境線で軍隊の睨み合いが続いおり、弱腰の政府への不満も高まっていた。
 そのため一部では腐敗した政治家に嫌気がさして軍事政権の樹立をなどと騒がれていたが、そんな物騒な話にも正直にいえば俺は興味がなかった。

(ノノが笑顔でいてくれれば、それだけで良いのにな……)

 ノノはテロ行為に加担するような指示を拒否したことで長期間にわたり排泄が許されないばかりか、強制的に腸内へと空気を送り込まれる責苦を受けさせられていた。
 そのためにスリムなボディの下腹部は奇妙に膨らみ、痛々しい姿にさせられているのだった。
 膨らんだ腹部を優しく擦ってやりながら、俺はこれからのことを考えていた。

(正直、俺ら素人の調査能力じゃ、結社の情報を掴めやしない。元ジャーナリストだったシスター・ショコラとも連絡が取れなくなっちまったしな)

 今回の件で、ノノと同じく排泄管理栓を装着されたクラスメイトの唐木田 理沙(からきだ りさ)だけでなく、シスター・ショコラとシスター・シフォンというふたりの女性とも知り合うことができた。
 特に巨漢の黒人女性のシスター・ショコラは元ジャーナリストという経験を活かして様々な情報を仕入れてくれていた。
 だが、その彼女も先日から消息を断っているのだった。
 同時期に唐木田さんが調査を依頼していた探偵も同様に連絡がつかなくなっていることから、恐らく結社が絡んでいる思われる。

(俺らよりの付き合いの長いシスター・シフォンは気丈に振る舞っていたけど、心中は穏やかではないよな……)

 どうみても十代の美少女にみえる金髪碧眼の女性は、俺らに心配させまいと笑って見せていた。

「ぶらりといなくなるのは、いつもの事ですからご心配いりませんよ」

 気丈に振る舞う姿に、俺らは知らぬ間にふたりの大人に支えられていたのだと痛感させられていた。

――コンコンッ

 俺が思考にふけっていると、玄関の扉がノックされた。
 ノノが反応して飛び起きないことから、相手は知り合いなのだろう。
 起こさぬように膝からノノを下ろすと、玄関で来訪者を出迎える。

「や、やぁ、こんにちは……」

 扉の向こうにいたのは予想通り唐木田 理沙だった。
 陸上部のエースである彼女はボウイッシュな外見から女生徒からも人気のある後輩だ。
 数ヶ月前にノノによってゲスな金持ちから助けられてから仲が深まり、今ではノノの親友といってもよい存在になっていた。
 今回の騒動ではノノと一緒に拐われてしまい、同じく排泄管理栓を装着させられた被害者でもある。
 メッセージで送られてくる指示に応じることで排泄を許可される身だが、一般人である彼女に下される指示は直接にはテロ行為には結びつかないものばかりだ。
 俯瞰してみれば意味もわかるのかしれないが、単体では意味不明な行動指示に従っているのだ。通常の端末にされた者は、そうやって罪悪感を感じずにテロ行為に加担している。
 それ故に、直接テロ行為に関わることに悩み、時には拒絶して責苦をうけるノノに申し訳なく感じているのがわかる。
 それでも力になることはないかと向き合ってくれるのだから、多くの人に好かれる彼女の人柄がうかがえた。

「わるい、ノノはクスリが効いてやっと寝たところなんだ」
「あ、いえ……今日はノノじゃなくて、お届けものにあがりました」
「え? 俺に?」

 手渡されたのはシスター・シフォンからの便箋だった。
 ノノたちに指示を出してくる結社の中枢は、恐ろしいほどの情報収集能力と最早、予言とも呼べるレベルの予測能力を持っている。
 六年以上も結社を調査を続けていたシスター・ショコラは、メールや通話などの電子媒介では中枢の監視に引っかかると気づき、俺たちの間での情報共有には、アナログなメモによるやりとりを推奨していた。

「ありがとうな、良かったらお茶でも飲んでいかないか?」
「ありがとうございます、でも今回は遠慮しておきますね。今度はノノの好きなケーキでも持ってお邪魔しますね」
「おぅ、わかった」

 玄関から横になっているノノの姿を確認すると、唐木田さんはその寝顔に微笑む。
 去っていく彼女を見送った俺は早速、便箋を開封することにした。

「しかし、蝋による封とは古風だよなぁ……うわ、開けたらいい匂いする。香水かなぁ」

 ノノよりも幼く見えてしまう外見のシスター・シフォンだが、中身は大人のレディーだった。
 ちょっとした立ち振舞からも気品が感じられて、時々ドキッとするような色香を感じさせてくれる。

(彼女目当てに礼拝に訪れる人も多いらしいけど、一部の連中には背徳感もひとしおだろうな……)

 外見から勘違いした中学生たちが列をなして告白してきたこともあるそうで、そのことをシスター・ショコラが愉快そうに語ってくれた。

「相変わらず綺麗な字だなぁ……なになに――えッ!?」

 そこには、シスター・ショコラが遺した中枢の手掛かりが見つかったと記載されていたのだった。


 ノノが目を覚ますのを待って手紙の内容を聞きに、闇夜に紛れて教会へと向かう。
 
「いらっしゃい、待ってたわ」

 礼拝堂の裏手にある平屋、そこを訪ねた俺らをシスター・シフォンが出迎えてくれる。
 すでに唐木田さんも中で待っており、早速、話を聞くことにした。

「これが今日……郵送されてきたの」

 テーブルの上に一冊の手帳が置かれる。よく使い古されているのが皮カバーの様子からうかがえる。
 分厚い紙面からは色とりどり付箋かはみ出して、使用者のマメな性格がうかがえる。
 愛おしそうに手帳の表面を撫でる様子から、持ち主が誰か容易に想像できた。

「それはシスター・ショコラの……」
「えぇ、そうです。いつも肌身はなさずにしていたモノね」

 それがこの場にある意味を居合わせたメンバーは口にする勇気はなかった。

「まぁ、殺そうとしても簡単には死なない人だから、今は内容の方を聞いてね」

 すでに中身を確認済みなのだろう。パラパラとめくり目的のページを探り当てる。

「あの人はどうやら中枢の正体について目星をつけていたみたい、最後のこの文字が書く殴ってあったわ」

――E.O.S.

 環境最適化システム(Environmental Optimization System)の頭文字をとってEOS――イオスと呼ばれているのは、帝都大学が猩々緋エレクトロニクスと組んで密かに開発している次世代型AIの名称らしい。
 その世界有数の演算能力を誇るAIを学習させる一環として官民一体となって進めているプロジェクトがある。
 流通や交通網、インフラなどの効率的な管理運営を目指すというものだ。
 都心部の複雑化した人や物の動きを管理し最適化するシュミレーションをさせて改善プランを検討させようというところからスタートした。
 まずは交通渋滞の改善から通勤ラッシュの緩和からはじまり、人や物の流れを把握して如何にコントロールするかを学ばせていった。
 その結果、劇的な成果があがりプロジェクトは実地試験へと移行していく。

「この国は災害の多いから、その時の対処も考えてのことだったみたいね」

 実際の運営ではいくつかの問題があったものの、回を重ねるごとに改善してシュミレーションの結果に近づいていった。
 その良好な結果からプロジェクトは次の段階に移った。
 ガスや電力などのライフラインの管理までイオスに委ねてみせたのだ。
 そうして、次々と構築されていったネットワークを総称して、イオネット(EONet)呼ばれている管理システムが組み上がっていたのだ。

「いやいや、待ってくれよ。凄いAIがあるのはわかったけどさ、それが何でノノたちにあんなモノを装着してるんだよ」
「残念ながら、そこまでは書かれていないわ……プログラムのバグか人為的なものなのか、予定されていた正規のモノとは違う動きがあるのかも……少なくとも表面上はトラブルが発生したって話はないみたいね」
「それなら、なんで……」
「あくまでも今は状況からの推測、可能性が高いって話よ。中枢がみせる監視能力、凄まじいまでの予測能力を国内で実現するとなったらイオスしかない……そう彼女は結論づけたみたい」

 それでもわからない事が多すぎた。だから、シスター・ショコラは確証が得れるまで俺らに話さず、それを調べようと単独で動いていたのだろう。
 その結果、彼女が消息を断ったというのなら、この先には危険が待ち構えているということだろう。

「なら、唐木田さんには……」
「断りますッ!!」
「あ、いや……」
「どうせ危険だからとか言い出すんでしょう? ここまで来て、除け者は勘弁して欲しいかなぁ」

 俺がなにを言ようとしていたのかは、完全に見抜かれていた。
 腕組みして、不機嫌そうに眉をひそめている。

「それに危険って意味なら、先輩だって戦闘に直接参加するわけじゃないでしょう? なら私だってなにか役に立てるはずですよ」
「うッ……そのとおりだな……」

 ビシッと指を向けられて痛いところを指摘してくる。それに反論するだけのカードは俺にはなかった。
 助けを求めてふたりに視線を向けるものの、彼女らはウププっと含み笑いをするだけで傍観するつもりだ。
 孤立無援なのを自覚した俺は、素直に負けを認めることにする。

「はぁ……役に立ててるかといえば、俺も人のことは言えないよなぁ……あぁ、俺が悪かったよ」

 ガシガシとかいた頭を下げてみせると、唐木田さんはアッサリと許してくれた。
 女性三人でしてやったりと手を合わせているあたり、俺よりも連帯感がありそうだ。疎外感に、ちょっと落ち込みそうになる。

「エヘへッ、先輩が一緒ならノノは無敵ですから、ちゃんと役に立ってますよ」

 元気づけようとノノが下から覗き込んできた。その小さな頭を撫でてやると目を細めて悦んでくれる。
 猫のように甘えてくる可愛らしい姿に、俺も元気づけられた。

(そうだな、各自が出来ることをやるしかないよな)

 ノノも合流して姉妹のように仲良さげに作戦を考えてはじめた三人を見つめながら、俺もあらめて気持ちを引き締めるのだった。


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