強者の定義 狙われた教壇のヴィーナス

【20】 立ちはだかるモノ

 目の前にあるエレベーターは、普段は食料や機材を運ぶために使われる大型のものだ。
 4メートル四方の空間に誰もいないのを確認すると、瑠華は背後の男たちを警戒しながら三人で乗り込んだ。
 操作ボタンが押され、扉がゆっくりと閉じられる。上昇する振動を感じると、ようやく肩の力が抜くことができた。
 毅然とした態度を見せて相手を威圧していたものの肉体の衰弱は激しい。実際のところ今の瑠華の状態では、集団で襲いかかられていたら簡単に取り押さえられていただろう。
 男たちが彼女の強さを知るが故にできたハッタリであった。だからこそ、脱出が成功するまで弱っている事実を悟られる訳にはいかなかった。
 座り込みそうになる身体を奮い立たせ、エレベーターに設置されている監視カメラに不敵に笑ってみせる。

(もう少しだけ、もう少しだけもって……)

 自然に見えるように壁に寄りかかり、疲弊している身体を支えながら視線を操作パネルへと向ける。
 そこには地下施設と地上の別荘を表す表示があり、エレベーターはゆっくりと地上への扉がある地下一階へと向かっていた。



 エレベーターにある監視カメラのレンズを通して彼女の様子を見る者が施設の外にいた。

「やれやれ、予想以上に不甲斐ないですね」

 リムジンの後部座席に腰掛けて、深々とため息をつくのは常磐であった。
 仕立てのよい黒いスーツに身を包む彼の前に設置された大型モニター。そこにはエレベーター内部の様子だけでなく、施設内の各所で狼狽して騒ぎ立てているだけの男たちの姿も映し出されていた。

「指示を出す者がいなければ動けないとは……昔の自分を見ているようで嫌な気分にさせられる」

 苛立ち、細められた目に怒りの炎がチラつく。
 だが、そうしている間にエレベーターが目的のフロアへと到着していた。
 開かれた扉から外を警戒しながら瑠華たちが降りていくと、映像が別のカメラのものに切り替わり、通路を進む姿へと変わる。
 先頭の瑠華のあとに人質の将尊が続く。いつもの騒がしさが嘘のように妙に大人しく、時折、ナイフを突きつけてくる琴里に表情を強張らせていた。
 小柄で可愛らしい少女とそれに怯える将尊の姿に、一転して常磐は口元を綻ばせる。

「ここまでは概ね予定通り……それでは、そろそろ後片付けを開始するとしましょうか」

 車から降りる常磐の左右に、外で待機していた二人の男たちが移動する。
 どちらも黒いスーツの上からもわかる屈強の肉体の持ち主で、常磐をガードするように共に歩きだす。
 彼らがいるのは、地下シェルターの上にある別荘の地下駐車場であった。
 その歩む先には銀行の大金庫のような厚い金属の扉があり、それがシェルターへの入り口であった。それが今、まさに開こうとするところだった。



(おかしい……上手く行きすぎるわ)

 エレベーターを降りてからも、瑠華たちの行く手を隔てる者は現れなかった。
 それどころか、所々にあった鉄格子の扉がまるで彼女に逃げてくれと言わんばかりに解錠までされていたのだ。
 あまりにもスムーズに事が進むのを訝しむ瑠華であったが、同行する琴里を不安がらせぬ為に、それを表には出せなかった。

(最後まで、油断はできないわね)

 緩みそうになる気持ちを引き締めて先へと進む。それでも地上へと出れるであろう最後の扉がゆっくりと開かれていくとホッとしてしまう。
 だが、それも扉の向こうに人影を確認するまでだった。それが屈強な男たちを連れた常磐だと知ると、沸き上がる怒りに彼女の身体は戦闘モードに切り替わっていた。
 中指でメガネのブリッジを押し上げながら、常磐が口を開く。

「将尊様、一応確認させていただきますが……そういうプレイをお楽しみの最中ではないですよね?」
「ば、馬鹿いうなッ、見れば分かるだろッ、は、早く俺様を助けろ」

 真顔で尋ねる常磐に、それまで大人しかった将尊が反射的に怒鳴り返す。それで調子を取り戻したのだろう。いつもの傲慢な表情をうかべ、煩く騒ぎはじめた。
 その様子に肩を竦めてみせた常磐は、その視線を瑠華へと向けて、ため息と共に首を振った。

「まったく、貴女も簡単な約束すら守れないのですか。この騒ぎ……どう釈明するつもりですか?」

 元々、人とは距離を置いていて淡々としている風に見えた少年であったが、どうしてか瑠華には露骨に冷たい態度を見せる。
 その小馬鹿にする態度に、流石の瑠華もカチンと反応してしまう。

「よく言うわねッ、琴里ちゃんをこんな姿にしておいてッ」

 背後にいる琴里へと視線を促して、ボディスーツに覆われた姿を見せつける。
 全身を漆黒のラバーで覆われた少女の腰に装着された貞操帯。そこから生えるディルドウの造形は生々しく、可愛らしい容姿とのギャップが激しい。
 その極太の疑似肉棒に貫かれ、瑠華は一昼夜の間に狂ったように腰を振わされ続けた。自らも少女の上に股がり、肉悦に溺れた悲しい記憶が瑠華の胸を締め付ける。
 だが、強力な媚薬と調教によって官能を狂わされた肉体は心とは逆の反応を示していた。
 子宮がキュンと疼き、秘部が濡れてきていたのだ。自覚ないままに腰を切なそうに揺する瑠華の姿に、常磐は密かに冷笑を浮かべていた。

「確か、安全は保証すると言いましたけど……もしかして将尊様が手でも出されましたか?」
「ば、馬鹿野郎ッ、お前との約束通り、俺様からは指一本触れてないぞッ」

 常磐の鋭い眼光を受け、慌てて否定をする将尊であったが、実際には琴里からの奉仕を受けていた。
 だが、それは彼の中では少女が勝手にやったことなのであった。

「だそうですが……それに貴女も随分と楽しまれたらしいですね?」
「そ、それは………」

 それを指摘されると瑠華は強くでれない。どんなに理由をつけようが、端から見ればその通りなのを彼女も自覚していたからだ。

「どちらにせよ、将尊様をそのままとはいきませんから、素直に解放してもらえませんか? そうすれば貴女をこのまま逃がして……」

 そう提案しだす常磐であったが、最後まで言い終えることはできなかった。途中で将尊が噛みついてきたのだ。

「ば、馬鹿いうなッ、そんな事、俺様が許すわけないだろうッ」

 こみかめに青筋を立てて罵声をあげる将尊。その姿に瑠華の瞳に怒りの炎が灯る。

「これでも信じろというの? もぅ結構よ、自力で帰らせてもらうわ」
「やれやれ、しょうがないですね」

 全身に怒りを纏わせて歩み寄る瑠華と唾を飛ばしながら喚き散らす将尊。
 その光景に嘆息して後ろに下がる常磐と入れ替わるように警護の男たちが前へと出る。彼らは鉄扉の内側へと入ると、瑠華との距離を慎重に詰めてくる。

(この二人……強い……)

 わずかな身のこなしでも、相手が只者でないのがわかる。
 それに加えて二人で連携しての行動にも手慣れているようだ。常に一人が瑠華の視界の隅を陣取るようにお互いの距離を調整しているのだ。
 そんな二人を相手にして、背後の琴里を守りながら戦うのは分が悪すぎた。それに万全でない今の身体では、長引くほど瑠華の不利になるだけだった。

(人質を使ってのハッタリは、効かないでしょうね……それならば……)

 瞬時に判断すると瑠華は床を蹴っていた。ボロボロの肉体が悲鳴をあげるが、それを無視して男のひとりに距離を詰める。
 相手もそれを予想していたのだろう。慌てる様子もなく革手袋をはめた拳を握りしめて、ボクシングスタイルで迎え撃ってきた。
 砂鉄が仕込まれた手袋が、強く握られて強力な鈍器と化す。瑠華の太ももぐらいありそうな太い腕がその拳を繰り出してくる。

「――くッ」

 素早い右ジャブで出鼻を挫かれ、続いて腹部を狙っての左アッパーが続く。
 慌ててバックステップで避ける瑠華だが、その動きは重く、生彩を欠いていた。大きく距離を取ったところで、ガクリと膝が崩れてしまう。
 それをチャンスとみた男は軽快なステップで逆に詰め寄って畳み掛けてきた。
 だが、それは瑠華の誘いであった。拳を繰り出そうと踏み出した左足を、瑠華の脚が素早く払ったのだ。

「――うぉッ」

 体重移動の最中に不意をつかれてバランスを崩された。完全に不意をつかれては屈強な男といえど踏ん張れない。
 反射的に受け身を取ろうとする腕を掴むと、そのまま受け身を封じて床へと叩きつけた。

――グシャッ

 硬いコンクリートに顔面から叩きつけられた男が、嫌な音を立てる。
 だが、瑠華にはその戦果を確認する隙はなかった。もうひとりの男が突進してきたのだ。
 ラクビーのように低い姿勢のタックルを仕掛けられ、それを避けれぬと判断した瑠華は正面から受け止める。

「――うぐぅ」

 激しい衝撃を受けて細身の身体がくの字に折り曲がる。そのまま床へと押し倒され、その上に屈強な男の身体が覆い被さった。

「ふん、やっぱり、あの人の買いかぶりか」

 常磐は目の前の光景に瑠華の敗北を確信した。だが、すぐに異変に気付くことになった。
 男がタックルをした姿勢のまま動こうとしないのだ。普通ならば、押し倒した男はそそまま馬乗りになってマウントポジションを取るはずだった。

「いったい……」

 よく見れば、男の頭部は瑠華に脇へと抱え込まれ、手には男のネクタイが握られていた。
 常磐は、そこでようやく事態を理解した。突進を受ける際に、瑠華は男のネクタイを瞬時に首に巻き付け、男の突進力を利用して締めあげたのだ。

「……驚いた、そんな芸当も出来るんですね」

 気絶した男の下から這い出てきた瑠華に、珍しく常磐は称賛の声をかけていた。ゆっくりと歩み寄る瑠華は、それにこたえた。

「うちの道場の師範が面白い女性でね、女性用の護身術といって、いろいろと教えてくれるの」

 ニコリと微笑む瑠華であったが、その目は冷たく常磐を見据え、全身には寒気のする殺意を纏っていた。

「なるほど……でも、やはり貴女は詰めが甘い」

 その言葉と共に突如、常磐の背後から強烈な光が照射された。

「――ッ、今度は、なんなの……えッ?」

 目のくらむ明るさに一瞬、足が止まってしまった。徐々に目が慣れるにしたがい、彼女は明るくなった常磐の背後の光景に目を見張ることとなった。
 夜間工事用の照明で煌々と照らされた地下駐車場。そこには何台も並ぶ作業用の車両と大勢の人間がいたのだ。
 最前列には直立不動の姿勢で一列に並ぶ黒服の男たち。全員が先ほどと同じく手練れの気配を感じさせていた。

「そんな……」

 既に限界にある体力では、これ以上の戦闘は無理だった。せめて黒服たちが動く前に常磐を取りおさえようと瑠華は飛びかかる。

「いつもながら凄いな……言われた通りだ」

 ひとり呟く常磐の手には、いつのまにか黒い塊が握られていた。向けられた先端がキラリと光ると、次の瞬間には二本の鍼が瑠華の胸元に突き刺さっていた。

「――うくッ、こ、この程度……」

 鍼は小さく、刺さりも浅い。致命傷ではないと判断した瑠華は、そのまま常磐を掴もうと手を伸ばす。

「……その判断は0点ですよ」
「――がはッ」

 まさに常磐を掴もうとしていた瑠華の身体が突如、仰け反った。
 鍼からは極細のワイヤー伸びており、そこを伝って高圧電流が流されたのだ。
 
「テイザーガンといいます。撃ちだし式のスタンガンと言った方が、わかりやすいかな?」

 麻痺して崩れ落ちる瑠華を、すぐに黒服たちが駆け寄り取り抑えていく。
 背後にまわされた両手首に手錠がかけられ、足首にも同様の足錠がはめられてた。口にはゴム製の猿轡を噛ませられて、手慣れた動作で抵抗の手段を奪っていく。
 同時に別の男たちが琴里にも向かい、その手からナイフを取り上げるとあっという間に将尊を解放していた。

「よ、よーしッ、よくやったぞ、常磐ッ」

 琴里が連れて行かれて視界から消えると、安堵した将尊がいつもの威勢を取り戻していた。
 周囲の黒服たちを邪魔だとばかりに押し退けて、床に抑え込まれた瑠華の前へと歩みでる。

「おい瑠華ッ、あんなに嬉しそうに俺様のチ×ポをくわえてやがったくせに、こんな事して、どうなるかわかっているんだろうなッ」

 ニキビ顔に怒りの形相を浮かべ、瑠華の頭を素足で踏みつける。グリグリと頭を踏みにじられ、美貌が悔しげに歪む。

「ぐぅぅ……」

 せめてもの反抗とギッと睨み返すのだが、その態度が将尊の怒りにさらに油を注いだ。

「くそッ、くそッ、まだわかんねぇのかッ、俺様は強者なんだよッ、お前も他の牝どもみたいに嬉しそうにケツを振って媚びろよぉぉッ」

 怒りに任せてドカドカと瑠華の身体が蹴り始めると、顔を真っ赤に染め上げながら全裸姿で口端に泡を浮かべて喚き散らし続けた。
 そんな異様な光景を、周囲の黒服たちはただ無言で見つめる中、将尊に声をかけたのはやはり常磐であった。

「将尊様、裸のままでは風邪をひかれます。まずは、これをお召しになって下さい」

 淡々とした口調で手にしていた絹のバスローブを将尊の肩にかける。そうして、そっと耳元で囁きかけるのだ。

「会長直属の彼らが見ています、ここは冷静に強者としての風格を見せておくのが後々得策かと……」

 その言葉で、ようやく将尊は周囲にいるのが男たちが何者なのか気がついた。
 いつも将尊の周囲にいる子飼の部下とは違い、黒服を着た彼らは祖父である会長の直属の部下であった。
 表面上は猩々緋グループの警備会社に所属する彼らであるが、グループ内の不祥事や障害を秘密裏に処理する裏の業務を請け負っているのだ。
 それを知る者はグループ内でも少ないが、将尊は本社社長をつとめる父親から聞かされて知っていた。

(将来、俺様が会長になったら手足になる奴らか……グフフ、ここは俺様の偉大さを見せておくのも良いかもな)

 肩に羽織ったバスローブを綺麗に着込むと将尊は胸を反らせてニヤリと笑ってみせる。
 すると側で控える常磐が、即座に深々と一礼する。

「今回はこのような事態をまねき、誠に申し訳ありませんでした。早急に原因究明と対策を練るために施設内の警備態勢をチェックをしたいと思いますので、将尊様には、その間にこの女への処遇をお任せしたいのですが宜しいでしょうか?」

 常磐の言葉に将尊はニタリと好色な笑みを浮かべる。瑠華への仕置きを考えるだけでムクムクと股間のものを勃起させていくのだった。
 そうしているうちに、ようやく将尊の部下たちもやってきた。将尊は彼らに瑠華を特別調教室に連行するように指示をだすと、早々にエレベータに乗り込んでいく。

「お前の好きにしろッ、俺様はこの女に騒ぎの報いを受けさせるのに忙しいからなッ、ただ、責任者には厳罰にしておけッ」
「……はい、わかりました」

 エレベーターの扉が閉じられるまで一礼をして見送る常磐。その目はひどく冷めていた。


もし、読まれてお気に召しましたら
よかったら”拍手ボタン”を
押して下さいませ。


web拍手 by FC2