コレクター

「……ここね」

 人里はなれた山の中、鬱蒼と茂った木々の中に埋もれるように佇む古びた洋館。
 オフロードバイクから降り立ち、その広大な庭を取り囲む高い塀を見上げると、私は前髪を掻き上げながら呟き、背中に背負ったバッグから鉤爪付きのロープを取り出した。
 
 
 
 私の元に、行方不明になった娘を探して欲しいと、育ちの良さそうな婦人が温厚そうな初老の紳士を伴って訪ねてきたのは10日前だった。
 シンクロナイトスイミングの選手であったというその婦人の娘は、強化合宿に向かう最中に同じ選手である親友の子と共に消息を絶ったという事だった。
 もちろん地元警察も、事件として捜索しだした。それによって近隣の土地でも、同様に10代後半から20代半ばの女性たちが消息を絶つ事件が多発していた事がわかった。
 それらを連続誘拐事件として、大々的に捜査に乗り出した警察であったけれど、半年経過しても、何の手掛かりも見つけることが出来ず、ズルズルと時間だけが経過しているのが現状だった。
 そんな中、奪われたあらゆるモノを合法、非合法の手段を問わず奪い返すのを生業としている私の噂をどこからか聴きつけた婦人は、今一緒に応接室のソファに座る資産家である義父に相談して、こうして尋ねてきたのだった。
 
 老紳士が提示した結構な額の依頼料と涙目で必死に縋り付くように頼み込んでくる婦人の姿に、私は他の仕事を調整して、2週間だけとの条件で、依頼を受けることにした。
 2週間という期間を区切ったのは、私の持っている独自のネットワークを使いさえすれば、居場所を特定するのに十分な時間だと踏んだからだった。
 事実、1週間ほどで居場所はほぼ特定できた。だけど、とある理由でその場所が正しいのかどうか、どうしても確証が持てず、私は実際にこの目で確認する為に、問題の場所へと忍び込む事にしたのだった。
 
 
 
 事前に調査した通りに、厳重な警備システムを潜り抜け、屋敷内へと忍び込む事に成功した私は、人気が無く暗く静まり返った邸内を、黒いボディスーツに包んだ身体を暗闇に溶け込ませ、慎重に捜索していく。
 そうして、見取り図から怪しいと踏んでいた書庫で、壁一面ある大きな本棚の裏から、隠された地下への階段を発見するのに、然したる時間は掛からなかった。

「ここまでは、予測通りね……」

 姿を現わした隠し階段に人気が無いのを確認すると、迷わず内部に入り込み、背面の棚を元に戻すと、中は完全な闇へと覆われた。
 私は、腰に差していたマグライトを手に取り慎重にライトを点けると、眩い光の帯が深く続く階段の先を照らし出す。
 足音を忍ばせ、長い階段を慎重に降りていくと、幅広い通路に出た。通路の両脇には、石膏で作られた女性像が立ち並び、マグライトの強い光で浮き出た陰影が、彫像の生々しい表情を強調して、私はその気味悪さに思わず一歩後ろに下がってしまっていた。

「しゅ、趣味……悪いわねぇ」

 マグライトの強力な光で進行方向を照らすと、そんな彫像が通路の左右に所狭しと立ち並び、延々と続いていた。

「あら? 何かしら……」

 そんな彫像達のひとつひとつに、いくつものホースが背面で繋がり、どこへやら伸びている事に気が付いた。
 時折、どこかでポンプが動くような音がしており、その光景に私は何か違和感を感じたのだけど、その正体を探る時間は今は無かった。

「いけない、いけない。今は、やるべき事をやらないと……」

 気を引き締め、慎重に歩を進めると、通路の正面に豪華な両開きの扉が現れた。
 ライトの灯りを消して静かに扉に張り付き、僅かに開けた隙間から中の様子を窺う。扉の向こうに人の気配が無いのを確認すると、スルリと扉の合間から音も無く内部へと入り込んだ。
 天井が異様に高い10メートル四方の室内は、まるで芸術家のアトリエのように、美術品制作に必要そうないろんなものが雑多に置かれており、どこからかコポコポと水槽に空気を送り込むようなポンプの音がしていた。
 だけど、見渡した限りでは、そこに人が囚われているような気配は無かった。

「……おかしいわね。私の勘が珍しく外れたのかしら……」

 部屋の中央に設置された、まるで手術台のように大きな台の傍に立つと、つい舌打ちをしたくなるのを堪えつつ、周囲を用心深く観察する。
 部屋の前面には入り口があるのみ、左右の壁はコンクリート剥き出しの壁で、幾つもの油絵が所狭しと掛けられていて、その全てが若い女性をモチーフにしたものばかりだった。
 奥の壁は、壁一面が大きな水槽で、暗くてよく見えないけど、魚影からなにやら大きな魚を飼っているようだった。

「それでも、私の勘はここに何かあると訴えているのよね……」

 顎に手を当て思案する私であったのだけど、ふと誰かにジッと見つめられているような気配を感じた。

「だ、だれ!?」

 慌てて周囲をライトで照らすのだけど、周囲にそれらしい人影は無い。
 それでも、その誰かにジッと見つめられて落ち着かない感覚は、無くなるどころか次第にドンドンと増すばかりだった。

「う、うぅぅ……」

 その感覚に不安ばかりが増し、私の勘がしきりに何かを警告し始めていた。
 私は堪らなくなり、入り口へと駆け寄ると、室内の照明スイッチを探し出し、迷わずスイッチを入れた。
 高い天井に吊るされた照明が、バンっと点灯し、室内を明るく照らし出す。

「――なッ!? そ、そんな……」

 私の目の前で照明で明るく照らされた室内。その奥にある壁に埋め込まれた巨大な水槽には、何人もの女性たちが浮かび、ジッと私の事を見つめていた。


―― 全裸に剥かれた美女たちは、背後にまっすく伸ばさせられた両腕、その指先から二の腕までをスッポリとラバー製の袋で覆われ、幅広のベルトでギッチリと締め付けられ、両手の自由を奪われていた…… ――

―― 括れたウェストからつんと張ったヒップ、その先にのびるスラリとした長い脚はしっかりと揃えさせられ、腰から下をラバー素材の細い袋でビッチリと覆われ、爪先部分にはイルカのヒレのようなモノが取り付けられている…… ――

―― 首にはスカーフのようなふんわりした布が巻かれており、その下の細い首に肉厚な首輪がガッチリと嵌められているのが見えた…… ――

―― 顔には化粧が施されており、それぞれの美しさを引き出すように施されたソレは、虜囚の身であるはずの彼女らを美しい鑑賞品として仕立てている…… ――

―― 彼女らの片方の鼻には透明なチューブが通され、腰の後ろに取り付けられたボックスへと繋がり、それが彼女らに酸素を供給しているようだった…… ――


 そんな拘束具で造られた人魚の姿にさせられた女性たちの中に、探していたターゲットの女の子を発見すると、私の驚きは頂点に達していた。
 だからなのか、その子が驚きの表情を浮かべ、何かを必死に私に伝えようとしているのに気が付くのが僅かに遅れてしまった。

(……し、しまった!!)

 背後に気配を感じ、ハッと振りかえようとした私の脇腹に、なにか硬い物が押し付けられる。

――バシッ!!

 激しい電撃の音と共に、私の身体は叩かれたかのように激しく弾き飛ばされると、無様に床の上に崩れ落ちた。

「うぐッ……」

 スタンガンの強力な超高電圧を受けてしまい神経網を強烈に刺激され麻痺させられてしまった私だけど、それでもガクガクと震える身体で、必死に襲撃者を見据えた。
 そこには、私に依頼した婦人の義父である初老の紳士が立っていた。
 
「やっぱり……貴方……だったの……ね……」

 必死に言葉を搾り出した私に、ほぅと老紳士は驚いた表情を浮かべた。

「おや、この強化スタンガンを食らっても、まだ喋れるとは……流石と言うべきかな……その美貌と共に、その強靭な肉体は、私の芸術意欲を大いに刺激してくれそうで楽しみだよ」

 老紳士は、まるでモノでも見るかのような冷たく濁った目で私を見下ろしニタリと笑うと、ゆっくりと私の首筋にスタンガンを押し付けた。

「キミも彫像ではなく人魚に仕立ててあげようか。その綺麗な容姿で私を存分に楽しませてくれたまえ」

――バシッ!!

「――あぐッ!!」

 老紳士の言葉と共に、再び、身体に激しい電撃が襲いかかり、私の意識はゆっくりと闇へと堕ちていったのだった。





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