ソール・トレーダー (Sole Trader)  ― とある営業マンの一日 ―

 台風が過ぎ去り、すっかり秋らしくなってきた空の下、私は仕事で使っているベンツのミニバンに乗って高速道路を走っていた。
 車で都心からそのまま郊外へと向かい、隣の県まで走り続ける。平日なのもあり、走ってるのは社用車やトラックばかりで、その隙間を縫うようにアクセルを踏むこんでスピードを上げていった。

「この分なら、約束の時間には間に合いそうかな」

 午前中に何件かの顧客回りをしていた為に、時間がおしていた。
 もちろん、それぞれに時間の余裕を持たせているのだけど、どこも歓迎して厚くもてなしてくれるので長居をしてしまうのだった。
 でも、そういう時間にこそ顧客からの貴重な情報や新たなお客様を紹介してもらう機会に繋がるのだから無下にできないし、納品した品の状態もチェックしたかった。

(どこも問題ナシっと、新たな注文を2件もいただけたし、紹介していただいたお客様には明日にアポも取ったから、今年も良い感じで終われそうかな)

 上機嫌な私はメンソールの煙草を咥えて一服しながら、車内にながれるジャズの音色に鼻歌を重ねていた。
 そうしているうちに、車は高速をおりて一般道に入る。すでに通い慣れた山間の道を進みながら、私の頭の中では次の予定のことを考えていた。



 私の仕事はいうなればトレーダーで、自らは商品を生み出さずに良質の品を探し出しては、それを高値で求めているお客様へと届ける、そんな橋渡しが主な仕事だ。
 当然、商品の目利きは重要だし、それに適正な価格をつける金銭感覚も必要だと思う。
 でも、それに以上にお買い上げいただいた商品へのメンテナンスなどの細かなアフターケアが欠かせなかった。

(どんな商売でも信用第一だしね。特に私のような個人経営では、ホントにマメじゃないとやっていけないなぁ)

 なんでも、ひとりでこなさないといけない個人営業故の大変さもあったけど、組織での上下関係なんかが苦手な私には性に合っていた。
 今ではそれなりにお得意様もついて、店を持たないかという誘いまでいただいていた。

(お店を持つとなると、人を雇わないとなぁ……なかなかイイ人材っていないんだよね)

 そんな事を考えているうちに車は脇道へとそれて、雑木林の中へと入っていく。
 周囲の木々は紅葉で色づいてきていて、都心よりも早い秋の気配を感じながら先へと進む。
 この辺りは夏場は避暑地として観光客でにぎわうけど、シーズンオフのこの時期には人気がまったくない。
 人とすれ違わずに進んでいった先、小さな湖を囲む別荘地についた。
 バブル時期に建てられた別荘やリゾートマンションは多く、それらは老朽化して買い手がつかないものも多いという。これを安く買いたたいて徐々に所有地を広げていったのが、これから向かう施設の社長だった。
 細々とはじめた事業も、軌道に乗った今では広大な別荘地の全てを所有するまでになっていた。

(そういや、なんだかんだで長い付き合いになったなぁ)

 私がこの業界に入った同じ時期にその社長も事業を始めていた。お互い良い商品を顧客に届けたいという強い想いで意気投合して、今では良質な品を優先して卸してもらえていた。
 最近では、余っている建物に顧客を滞在させて、商品を存分に試せるサービスを始めたと聞いている。安くない商品を前もって試せるとあって評判は上々のようだった。

(あちらもホント、商売熱心だよね)

 新参者のふたりで、夜空を見上げながら最初の商品が売れた祝いをした頃を想いだす。
 この最奥にある小さな建物をなけなしの金で買い取って、いろいろと苦労したことなど今ではいい思い出になっていた。
 そんな回想に浸りながら、砂利のひき詰められた駐車場に車を止める。

「こっちは、もう肌寒いなぁ」

 都心に比べて冷たい風に身体をブルッと震わせていると、車の音を聞きつけたスタッフが私を出迎えに来てくれた。

「こんにちは、少し約束の時間より早かったけど」
「いえいえ、お待ちしておりました、藍川様」
「あぁ、いつものやつ、車の後ろに積んであるから下ろしておいて」
「はい、いつも、ありがとうございます」

 社長の右腕であるスタッフは、にこやかな笑みを浮かべて私からキーを受け取る。

「で、社長は?」
「藍川様にお渡しする品をチェックをするって、早朝から裏の作業場ですよ」
「人を雇っても、相変わらずチェックは自分でやってるの?」
「いいえ、流石に最近では頭数も増えてきましたので難しくなってきましたね。でも、藍川様の商品だけは、必ず自分でやると聞かないもので」

 社長には、少し融通の効かない生真面目さが難点としてあった。それに手を焼いていると思われるスタッフに苦笑いを浮かべると、私は勝手知ったる敷地内を歩いて、ひとり建物の裏へとまわる。
 そこは木々の間に整備された散歩コースで、慣れた私にはどの道を進めばよいかわかっていた。
 途中、商品を散歩させてるスタッフたちとすれ違う。自然の中で、日光を浴びながら健康的に仕上げられるのがこの施設の売りなのだ。
 スタッフに首輪のリードを引かれながらカサカサと落ち葉を踏みしめて歩く姿を、無意識のうちのチェックしてしまうのは職業病だろう。

(牝が三体……40前後に20と17……いや16か……顔つきから親子かな)

 記憶している流通リストから、該当する家族を探し当てる。先週から行方不明の女性政治家とその娘二人がそれだった。
 代々、政治家の家系で祖父は大臣も勤めていた。だが、官僚である夫共々、裏のフィクサーの逆鱗に触れてしまったと噂を耳にしている。
 学生時代にはモデルの経験もある母親同様に娘ふたりも美人として有名で、女子大生の姉は女優のタマゴ、妹は雑誌モデルをしていたはずだ。
 そんな有名一家全員が忽然と姿を消したのに、どこのメディアにも取り上げられていないのだった。
 全裸姿のまま家畜のように四つん這いで歩かされる牝たちは、まだ調教が始まってから日が浅いようで、羞恥で美貌を赤らめながら俯いている。

(顔つき、プロポーション共に優。親子セットでなら価値は上がるし、顧客の中にはこの母親に酷い目にあわされた人が何人もいる。共同購入でなら一人辺りはお手頃価格に設定できそうかも……)

 肉体から状態を素早くチェックして算盤を弾くと、首輪に下がるプレートの管理ナンバーを記憶して先へと進む。
 すると掘っ立て小屋のようなみすぼらしい建物が姿をあらわす。
 ボロ小屋の周囲を懐かしみながら歩き、裏に隠された秘密の扉を開ける仕掛けを操作する。現れた暗闇へと続く階段に、躊躇することなく降りていく。
 ヒンヤリした地下は、大戦中のなにかの実験施設だったらしく、それを補強して使っていた。
 点々と垂れ下がる裸電球で浮かび上がるひび割れたコンクリートの通路。
 両側には赤錆の浮いた鉄扉がズラリと並んで、時折、中から呻き声やすすり泣く声が聞こえてくる。その数と施設の稼働具合からしても事業の好調さが伺えた。
 そうして進んだ最奥の扉の向こうに、探していた人物はいた。

「むふふッ、いらっしゃい」

 扉の音に振り向いた人物こそ、このファームを経営している河間口 厚子(がまくち あつこ)だ。
 名は容姿をあらわすとは、よく言ったもので大きな口とギョロギョロと世話しなく動く目、首が埋もれるほどの肥満な体型からガマカエルを連想してしまう。

(その容姿のコンプレックスが、徹底した調教での良質な牝を生み出すのだけどね)

 聞き取りにくいダミ声も、長い付き合いだと苦にもならない。それよりも、その向こうにいる商品に、はやくも私は目がいってしまう。
 そこには全身真っ黒なのっぺらぼうがいた。
 頭頂から爪先までラバースーツで包まれたボディは、その日本人離れした豊満なプロポーションから一級品の牝を感じさせる。
 すらりとした長い手足は折り畳まれ、それぞれをパット付きの拘束具で覆われて、豊満な乳房や尻肉に食い込むようにハーネスが身体を締め付けていた。
 顔のマスクも凹凸がわかるほどに張り付いていて、目と口の部分にはファスナーが付いていた。そんな全身真っ黒な中、キラリと冷たい光を放つリングピアスが鼻と乳首を貫いているのがアクセントになっていた。

「外見は注文とおりだけど、中の方はどうなの?」

作業台の上で四つん這いに拘束された商品から目を離すと厚子に確認する。

「ちゃんと乳首とクリ×リスの肥大化と全身の感度アップ、30日発情状態での生殺しでチ×ポで頭いっぱいにしてあるわよ」
「ちゃんと狂ってないよね」
「そこは信頼してほしいわね、ギリギリで出荷できるようにアタシ自ら手掛けたわよッ」
「うん、信用してる。でも自分で確認するのが私の信条だからね」

 それは厚子も理解してるので文句は言わないし言わせない。
 首輪に下げられたナンバーと手渡された書類を照らし合わせてから、私自ら目の前のマスクのファスナーを開けて確認していく。
 露になった目元、涙を浮かべた目と視線があう。そこに知性の光と共に、わずかに残る憎しみの炎を確認してようやく納得できた。

「えぇ、問題ないわ。流石に、よい仕上がりだね」
「よく言うわよッ、そう言いながらも結局は、自分で最後には確認するクセにッ」
「ふふ、それは貴女もでしょう?」

 睨みあった矢先、ふたりで吹き出して笑いあう。
 長い付き合いだから、お互いのクセもよくわかっていた。

「むふふ、じゃぁ受領書にサインをよろしくね」

 書類の商品名欄に、今やテレビにも引っ張りだこの美人弁護士の名が記載されているのを確認してから、サインを記入していく。

「これで、よしっとッ」
「ホント、個人経営は大変ね。仲介だけでなく引き取りや運搬までするなんて……」
「まぁ、そういうケアもしてこその営業だしね」
「ねぇ、うちで営業として働かない? 凄腕の美人トレーダーの貴女ならいくらでも出すわよ」
「うん、評価してくれてありがとう。でも、やっぱりひとりの方が気楽でいいわ。あッ、ところで外で見かけた商品なんだけど……」

 懐から電卓を取り出すと、私は本業であるトレーダーとしての交渉を始めていた。
 きっと別口からの予約も入っている大事な商品だろうけど、こういう事態を見越して厚子好みの良質な牝たちを手土産として積んできていた。
 厚子の嫉妬をもっとも効果的に掻き立てる美しい牝が、どういうものか長い付き合いで理解している私は交渉の成功を疑わなかった。
 脳裏では、はやくもあの母娘をどう効果的に売るか商品プランを立て始めているのだった。




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