黒豹と呼ばれた女

「止めなさいッ」

 路地裏に凛とした、よく通る声が響いた。その声に俺に向けられていた暴力が止まった。
 一斉に振り向く奴らの間から、朝日を背に浴びた人影が見えた。

(……女なのか)

 大型バイクに跨がった人物が、ヘルメットを脱ぐと艶やかな黒髪が流れ落ちる。前髪を掻き上げたグローブの下から現れたのは、冷たい光が宿る切れ長の目だった。
 整った顔立ちが柳眉と合わさってキリリとした印象を与える。触れれば斬られる、そんな危険な気配をまとった女だった。
 黒革のライダースーツに浮き出された起伏に富んだボディライン。それを目にして奴らはゴクリと生唾を飲み込んだ。
 そういう俺も、まるで黒豹のようなしなやかな肢体に思わず見惚れてしまっていた。
 そうしているうちに、女はバイクを降りてツカツカと歩み寄っていた。
 連中の注意は俺から完全に女へと移っていた。逃げるなら今だが、痛みですぐに立ち上がれずにいた。

(あぁ、この女は強いな……)

 本能的にそう感じていた。その直感が正しかったのは、すぐにわかることになった。

「うほーッ、兄貴ぃ、すげぇ別嬪ですぜ」
「それに、あの掴みきれなさそうな巨乳、谷間に顔を埋めてぇぜぇ」
「ほぅ、この辺じゃ見掛けねぇ顔だなぁ、そんな早朝に観光か? よかったら俺らが案内してやるぜぇ」

 奴らは愚かにも相手の強さに気づいていない。完全に女を舐めていて、主導権を取ろうと厳つい顔で威圧しながら取り囲んでいく。
 そのひとりが愚かにも女のボリュームある胸を揉もう手を伸ばした。
 次の瞬間、その男は宙を舞い、放物線を描いて近くのゴミ置き場へと直行していた。

「……なッ、なんだぁ?」

直下より顎を蹴りあげられたのだ。間抜けな奴らは、あまりの事態に状況を理解できていない。次々と面白いように蹴り飛ばされていく光景が俺の位置からはよく見えた。
 長い脚が鞭のようにしなり、縦横無尽に振り下ろされる。ようやく奴らが事態を理解した頃には、立っているのはひとりだけになっていた。

「て、てめぇ」

 お決まりの台詞に続いて、当然のように懐からナイフを取り出す。女がそれを悠長に待つわけもなく、取り出すナイフに気を向けてる間に間合いを詰められていた。
 目の前にあるゾッとする殺気をおびた冷たい目が男を見つめる。

「ひぃぃッ、よ、寄るなぁぁッ」

 恐怖に呑まれた男が手にしたナイフを振りまわす。その切っ先は蹴りあげられた女のブーツのよりパキリとへし折られていた。
 折られた切っ先が宙を舞ってコンクリートの地面に落ちる。その時には、呆然とする男の顔面にブーツの靴底がめり込んでいた。

「ふぅ、さてと……立てる?」

 汗ひとつ浮かべず、涼しい顔の女がこちらを向いた。倒れてた俺に手を差し出しながら女が笑顔を浮かべる。
 その時になって俺は女の目の下に隈ができており、ひどく疲労しているのに気がついた。

(あぁ、この女からは、良い匂いがするな)

 俺が好む香りを女は纏っていた。
 それに、俺に向けられた眼差しには、先ほどの鋭利な刃物のような冷たさはなく、優しさと哀しみが混ざった温かなものだった。
 だからだろう、つい警戒を緩めてしまった俺は女の助けを受け入れてしまっていた。



 そうして、その女――音駒 樹(ねこま たつき)に、俺は命を救われるという大きな借りができたわけだ。
 彼女の方も、どうやら俺を気に入られたらしく、俺を見掛けるたびに声を掛けてきた。
 最初は警戒して逃げていた俺も、根負けして次第に距離をつめて相手をしてやるようになった。
 なぜなら、彼女からは俺と同じ孤独の匂いを感じたからだ。
 そうして、いつしかねぐらで彼女と一緒に過ごす時間も増えていった。夜中に出掛けては朝方に帰ってくる、そんな彼女の活動に合わせて出迎えてやったら険しかった表情が柔んでいた。
 それから時折、ポツリとこぼす言葉から、少しずつ彼女のことを知ることもできた。
 ここよりも大きな街で捜査官をしていたらしい。そこである不正に対する内部調査を依頼されて、それが事実だと知ったという。
 だが、すぐに調査を依頼してきた人物が消息を絶ち、彼女も暴漢に拐われそうになったのだ。
 自分に迫る危機に対して彼女が取った行動は、かつて恋人であった上役への不正の直訴だった。
 それは当然の行動だろう。この小さな港町でも大小のグループがあり、その中には厳しい上下関係が存在する。
 それに従わない者は俺のように弾き出されて、大きな力の庇護を受けられなくなる。
 逆に上の者は庇護下のものを守る義務がある、それが俺の考えだった。ましては恋仲になった相手なら尚更だった。
 だが、上役に保護されてホッとしたのも束の間、用意された隠れ家を襲撃されたのだ。
 ベッドで寝ていたところを覆面をした男たちに押さえつけられた。そのまま拘束されそうになるのを、どうにか凌いで逃げ出すことに成功していた。
 だが、その場は逃げられた彼女だったが、気がつけば見に覚えのない殺人の実行犯になっていたのだった。
 かつての仲間たちに追われながら、この港町に来たのは昔のツテを頼って国外への逃亡をはかるためだという。
 その為に目立たぬように行動してきた彼女だったが、窮地に陥っている俺が、つい見過ごせなかったのだと聞かされた。
 俺に自分の立場を重ねていたのだろう。寂しそうに笑う彼女を黙ってみていた。
 強さを誇る彼女だったが、眠るときは部屋の隅に丸まって怯えるように目をつぶる。だから、その夜から俺は黙って寄り添うと一緒に眠るようにした。



 そうして、その日はすぐにやってきた。激しい雨が降り注ぐ中、外出していた彼女が嬉しそうに戻ってきた。
 出国の手筈が整ったらしく、今夜のうちに密航用の船が迎えにくるらしい。慌ただしく荷物をまとめはじめた彼女の手が不意に止まった。

「一緒に……来てくれるかな……」

 振り向いた彼女が、消え入りそうに呟いた。
不安に揺れる瞳を見上げ、俺は差し出された手を黙って受け止めた。

「……ありがとう」

 俺を抱きしめて微笑んだ彼女の瞳から、不安はもう消えていた。それに安心すると俺は彼女と一緒に港へと向かった。
 雨が吹き荒れる中、船着き場の片隅にその船は停泊していった。ボロボロの外見だが異国の文字が描かれた船体は大きかった。
 出迎えに出てきたのは雨合羽を着た三人の男たちで、そいつらに先導されて俺たちは船内へと入った。

「オゥ、ビショ濡ヌレネェ、風邪ヲヒクト、イケナイネ、スグニ案内スルヨ」

 片言の言葉を話す男が、密航者用の部屋へと案内するという。いくつものコンテナが積まれた倉庫の床下に、秘密の区画へと続く隠し扉があった。
 それを抜けて船底へと降りていくと、密輸品の詰まった木箱がところ狭しと置かれた狭い通路にでた。男たちに前後を挟まれて木箱の隙間を縫うように奥へと進んでいった。

(嫌な匂いが染みついているな……)

 それは奥に進むごとに濃厚になり、吐き気をもよおす嫌な気分にさせられる。
 それは彼女も同様らしく、わかっているとばかりに俺の身体を触れると、険しい表情で前を見据えていた。
 そうして厚く重い隔壁扉をいくつもくぐり抜けて、たどり着いたのは窓もない暗い部屋だった。
 照明が灯されて、蛍光灯の光に照らされたのは鉄板が剥き出しになった壁に囲まれた汚い部屋だ。
 天井から何本もの鎖が垂れ下がり、壁際には金属のフックが並んでいる。部屋の中央にはいくつものベルトが備えられた大きなテーブルが置かれていた。
 部屋のいたるところには浅黒い染みがこびりついていて、よどんだ空気にまじる鉄臭さが鼻についた。
 どう見ても人がくつろぐ場所には見えない空間には死臭が充満していた。

(よく行った精肉工場を思い出させるな……)

 だが、そうではないのは、部屋の奥に設えられた座敷牢からわかる。その壁には呪詛の言葉が血で刻まれていた。
 そんな吐き気のする部屋には先客がいた。

「ようやく来たか、ここは臭くてかなわんよ」

 ハンカチで口元を覆いながら不機嫌そうに顔を歪めるのは、銀縁の眼鏡をかけたスーツ姿の男だった。
 キョロキョロと世話しなく目を動かして、足下の汚れを気にしながら歩いてくる。その様子からも神経質な男だとわかる。

「……駒田課長でしたか」
「チッ、なんだその残念そうな顔はッ、そういう、わかってましたというお前の澄まし顔が、前々から気に入らなかったんだよッ」
「彼……いや、副署長の腰巾着である貴方がいるってことは、やはりそういう事なのね」
「あぁ、そうだ。あの方も残念がってたよ。多忙なあの方の代わりに見送りを頼まれてね。こうして、片田舎までわざわざ貴様のために出向いてやったわけだよ」

 男は彼女の顔馴染みのようだが、その関係は良好なものではないようだ。
 エリート特有のプライドだけは高い、こういう鼻持ちならない奴を俺は嫌いだった。

「それは、すみませんでした。そんな下っ端な仕事までこなすなんて捜査課の課長も案外、お暇なのですね」 「う、煩いッ、こういう時のために飼っていた男が姿を眩ましたんだよッ、いいとばっちりだと腹は立ったが……ふふ、悪党どもに黒豹と恐れられた貴様の肉体を、見送り前に少しばかり愉しませてもらってもバチは当たるまい」

 背後で男たちが銃を抜き、駒田と呼ばれた男が勝ち誇った表情を浮かべる。

「ついでだ、その後の予定も教えといてやる。お前にはこのまま海外に行ってもらう。だが、行き先は取引先が支配する国だよ。女を肉便器としか考えていない犯罪者連中が住む街だ。そこで、女に生まれたのを後悔する生地獄を死ぬまで味わうといい……あぁ、お前が協力してやった女もそこにいるぞ、まだ生きてれば会えるかもしれんなぁ」

 銃を突きつけられて抵抗できない彼女に、駒田は愉快そうにひとりで笑う。
 そうして嫌らしい目で全身を舐めまわすと、彼女の胸へと手を伸ばしてきた。
 奴が吐き出す悪意の匂いに、ついに俺は我慢ができなくなった。潜んでいた彼女の胸元から飛び出すと、目の前の顔面へと爪を振り下ろしてやった。

「ぐあぁ、な、なんだッ……く、黒猫ぉ? なんでそんなところに……あぁ、くそぉッ……なにしている、そいつを捕まえろッ」

 眼鏡が弾け飛び眉間からダラダラと血を流す駒田が、怒りの形相を俺に向けてくる。
 その指示に従った近くの男が俺を捕まえよう掴みかかってくるのだが、それをスルリと避けては逆に手傷を負わせてやった。

「えぇいッ、なにをやっているか、このノロマがッ」

 怒鳴り散らす駒田を嘲るように、その周囲を駆けまわって翻弄していく。
 それだけ注意を引ければ彼女には充分だった。長い脚が一閃すると、銃声と共に背後にいた男たちの手から銃が舞っていた。
 だが、荒事慣れした連中の対応は早い。手放した銃に固執することもなく、部屋の出口を固める。
 脱出するにも立ちはだかる男たちが邪魔だった。それに、銃声を聞きつけて増援がやってくる気配もしていた。
 そうなれば当然、次の彼女の行動は決まっていた。素早く駒田の腕を捻りあげて、人質にしていたのだ。

「動かないでッ、この男の首をへし折るわよ」

 いまだに銃を持つ案内役の男から盾になるよう、羽交い締めにした駒田の首へと腕をまわす。ギリギリと首を絞めあげられて、駒田が泡を吹いて顔面を蒼白にしていた。

「国外に逃亡しようとすれば、必ず動くと思っていたわ。駒田課長、貴方からなら有益な情報を聞けそうよね。さぁッ、早く銃を捨てて私たちを通すように命令しなさいッ」
「わ、わがっだ……わがっだから腕を緩め……」

 彼女の命令に従おうとした駒田だが、その胸にボッと黒い孔が現れると鮮血がシャツに広がった。
 驚きの表情を浮かべて駒田とともに崩れ落ちる彼女。その前には、硝煙をあげる銃を持った案内役の姿があった。

「駒田サンモ、元々処分スル予定ダッタノヨ。残念ダッタネ」

 銃口は次に俺に向けられた。銃声が二発、三発と続く。そのうちの一発を受けてしまった俺は、脚を引きずりながら排気口へと逃げ込んでいた。
 それで男たちは諦めたようで、駒田の死体をどけて彼女の容態を確認していた。
 どうやら駒田の身体を貫通した銃弾は、彼女が着ていた防弾スーツが防いでくれていた。
 だが、至近距離からの衝撃までは殺しきれず、気絶させられていたのだった。

「マァ、順番ハ変ワッタガ、問題ナカロウ。コウシテ最後ノ積ミ荷モ、手ニ入ッタシナ」

 気を失っている彼女を見下ろし、その美貌に満足すると男たちは残忍な笑みを浮かべあった。



 俺が隠れ潜む前で、彼女が男たちに犯されていた。
 衣服は全て剥ぎ取られて全裸にさせられた彼女は、縛られた両手首を頭上のフックに掛けられて吊り上げられている。
 両足が完全に床から離れていて、足首に食い込んだ鉄枷の鎖が左右へと伸びて床へと繋がれていた。大きく脚を開かされた人の字の状態で拘束されているのだった。
 ゴム製の口枷を噛まされて呻き声しかあげられぬ彼女をふたりの男が前後から挟みこんでいる。かれこれ一時間以上も二つ孔を犯し続けているのだ。

「うッ……うぐぅ……」

 背後にまとわりついた男が、両手で彼女の豊かな乳房を揉みあげ、指先で硬く尖った乳首を摘まんでいる。その一方で張りのある桃尻に腰をパンパンと打ちつけて肛門を犯していた。
 苦悶の表情で顎をあげると正面の男が首筋に舌を這わしていく。舌先は彼女の美貌まで旨そうに舐めては唾液で濡れ汚していく。それで興奮が昂るのか、はち切れんばかりに膨張した巨根を無理やり挿入して、子宮を突き破らんばかりに激しい突き上げを開始した。

「んッ……んぐぅッ……ぐうぅぅ」

そうして延々と凌辱され続けて、彼女の意識も朦朧としはじめる。それで肉体の反応が乏しくなると男たちは注射針を彼女に突き立てた。
 怪しげな薬液が注入されると、すぐに全身が激しく発汗して、吊られた女体が悩ましげにうねりはじめる。
 そうして、再び復活した強烈な締めつけを男たちは存分に堪能しながら乾いた笑みを浮かべあうのだった。

「んーッ、んぐーッ」

 悩ましげにな媚泣きを鼻先から溢しながら、彼女が全身を震わせて絶頂へと達する。
 だが、男たちは自らの欲を満たすまで腰を止めようとはしない。欲望のままに肉穴を犯し続けて彼女を絶頂から下ろしはしないのだった。
 クスリで官能を狂わされた彼女はが悶え泣き、苦しみ呻く姿は嗜虐者たちを昂らせる。
 乳首に爪を食い込ませ、尻肉へと平手を振り下ろす。そうやって凌辱の痕を女体へと刻み込んでいくのだ。
 そうして、ようやく男たちが腰を震わせて精を放ちはじめた。

「んッ、んぐぅぅーッ」

 子宮と直腸へと白濁の精液が注ぎ込まれて、彼女が目を見開いてガクガクと吊られた身体を痙攣させる。
最後の一滴まで放出してスッキリした顔の男たちが離れると、彼女もガックリと頭を垂れた。
 その股間からは激しい性交を示すように、鮮血と注ぎ込まれた精液が混じりあって彼女の太ももを滴り落ちていった。
 その光景を満足そうに眺めると、男たちは満足して部屋をでっていた。
 だが、凌辱はそれで終わりではない。彼らに入れ替わるように次の男たちが入ってきたのだ。
 休む暇もろくに与えずに次の男たちが彼女を嬲りはじめる。
 この船に乗る全ての男が彼女を犯していた。そして、ただ犯すだけでは飽きたらず、時にはいろんな道具を使って嬲るのだ。
 足下には、その時に使われた鞭や浣腸などの道具が転がり、彼女の染みひとつなかった柔肌には無数の痣や鞭の痕が無惨に刻み込まれていた。
 今度の男たちは、ジャラリと大量のリングピアスを取り出すと、それを彼女の身体につける気だった。

「うぅぅ……」

 弱々しく首を左右に振る彼女だが、男たちがそれで止める訳もない。逃げようにも人の字に吊られていては、それもかなわなかった。
 男たちの手の中で鋭く尖った針がライトの光を浴びて冷たく輝く。相手の恐怖を煽るように見せつけながら、ゆっくりと針先が彼女の乳首へと近づけてられていった。

「うぐーぅッ」

 乳首を貫通されて、激しい痛みに苦悶の呻き声を上げる。
 ギシギシと彼女を固定する鎖が軋み、枯れていた涙が溢れだして彼女の頬を濡らした。
 そのまま、ろくな手当てもせずに鮮血の滴る乳首へと金属のリングが通されると、それに競うように、もうひとりの男が彼女の足下にしゃがこんだ。男の手に握られた鋭く尖った針が股間へと近づけられていった。

「ぐぅぅ……うぐぅぅぅッ」

 秘唇に次々とピアスを通されて、苦悶の呻きが続く。船底に響く彼女の呻きが途絶えることはなかった。

――船はすでに出港して数日が経過していた。

 騒がしいエンジンの振動が床を震わせる中、男たちは代わる代わるやって来ては、彼女の身体を貪り、穴という穴へと精を放ち、嗜虐の欲のままに嬲り続けていた。
 床に溜まった体液の悪臭に耐えかねるのか、深夜になるとホースの水で押し流される。
 その間、部屋にある座敷牢に放り込まれた彼女は、早朝に男たちが起き出すまでの間だけ休息が許された。
 清掃を終えて誰もいなくなると隠れていた物陰からでて、俺は気を失うようにして眠る彼女へと身を寄せていた。

――だが、その日は違った……

 船内をうろつきまわり、隅々まで探索していた俺は、ようやくある探し物を見つけていた。
 その夜はヨロヨロとした足取りで檻に近づくと、口に咥えていたモノを彼女の目の前に置いた。

――チャリ……

 わずかな金属音に彼女が瞼を少しだけあける。それは目の前のモノをみると徐々に見開かれて、血まみれの俺へと驚きの表情を浮かべてみせた。

(これで……ようやく借りを返せた……かな……)

 再び口開いた傷口から血が流れでいた。足元にできた血だまりの中に倒れこんだ俺を、慌てて檻からでてきた彼女が抱きあげた。
 心配する彼女を安心させようとひと鳴きだけすると、俺は抱き抱えられる温もりに満足していた。



 その後、俺と彼女はボロボロの身体を引きずるようにして、閉じ込められていた部屋から抜け出した。
 だが、隠し区画から甲板に出るには見張りが立っており、衰弱している今の彼女では打ち倒して脱出するのは困難だった。
 そこで一度戻り、区画にあった密輸品へと火をつけたのだ。
 幸い緊急用の酸素マスクが常備されていたので、それをかぶって騒ぎが大きくなるのを待ってみた。
 徐々に大きくなる火の手と煙によって、すぐに船内は騒乱となる。慌てて消化活動がされる中、視界を覆うような煙に紛れて俺たちは脱出することに成功する。
 そのまま船体側面に設置されていた救命艇に転がり込むと、吊り下げていたワイヤーを切り離して水面に落下させる。  激しい勢いで床に叩きつけられながらも、彼女は急いでエンジンを始動させた。すると徐々に船から離れていく背後で、凄まじい閃光と共に大爆発が起こっていた。
 密輸品に混じっていた武器弾薬に引火したのだ。俺たちの前で真っ二つになった船体が黒煙をあげながら沈んでいった。
 船は沈むと何事もなかったかのように夜の海は静まり返る。

(これで、あの船は消息不明となり、彼女は生死不明となったわけだ)

 再び救命艇を発進させた彼女の脇で、手当てを受けた俺は横たわった。そんな俺を彼女が優しく撫でてきた。気持ちよさにゴロゴロと喉を鳴らしてしまうと、その仕草にクスリと笑った。

「さて、なにをするにも、まずは陸地を見つけないとね」

 そう語りかけてきた彼女だが、なにをするのか既に決めているようだった。このまま引き下がるような彼女でないのも知っている俺は、これから彼女がどうするのか愉しみでしょうがなかった。
それが伝わったのか、俺の尻尾をみて再び彼女が笑っていた。

「これからも頼りにしてるわね、相棒さん」

 それにひと鳴きして応えた俺は目の前に広がる水平線を見据えた。
 そこには朝日に照らされた陸地が見えていた。





もし、読まれてお気に召しましたら
よかったら”拍手ボタン”を
押して下さいませ。


web拍手 by FC2