憧れの女 −忘れえぬ想い−

【2】 似た男との邂逅

「はぁ、キャリアウーマンに、その姉の女弁護士。最後はフライトアテンダントとかAV真っ青なラインナップじゃねぇかよ。どの女も驚くほどの美人ばかりで……まったく、どうやって手に入れてくるんだよ」

 バイト先で堪能した映像を反芻しながら、俺はバイクで帰路についていた。夜間は大型トラックの多い大通りを避けて、いつも通りに空いている裏通りを抜けていく。すると自宅近くで交通事故に遭遇した。
 場所は人気のない十字路。一時停車を疎かにしたベンツがミニクーパーの真横に衝突したようだ。搭乗していた女性が凄い剣幕で、ベンツに詰めよっているところだった。

「……て、あれって竜子さんじゃん」

 そういえば今日は仕事の資料探しに隣街まで出かけると言っていたから、その帰りなのだろう。ジャケットにパンツルックという活動的な服装で、シンプルなデザイン故にモデル並なプロポーションが際立っていた。
 身内でありながら、つい見惚れてしまうのだが、このまま黙って見ているわけにはいかなかった。

「まさか取っ組み合いには、ならねぇだろうけど……」

 興奮している竜子さんが、話を拗らせるとまずかった。急いでバイクを路肩に停めると、仲裁のために歩み寄ろうとする。だが、その足はすぐに止まることになる。
 ベンツのドアが開き、運転手が姿を現したからだ。上等そうなスーツを着込んだ男の顔に俺は見覚えがあった。

「まさか、あの刺青の男じゃないのか」

 映像とは違い銀縁の眼鏡をかけているものの、シャープな細面と細く狭められた目が特徴的な狐顔だ。何度も映像で見ていたから間違えようがなかった。
 傍目には、今にも掴みかかりそうな竜子さんの剣幕に圧倒されているように見える。だが、映像を見た俺には冷たい光を宿した細い目で彼女の品定めをしているように感じられてしまう。

「いや、だが……他人の空似か?」

 俺の予想に反して、男は車を降りた途端にペコペコと平謝りしてきたのだ。その顔に浮かぶのはサディストらしい残忍な笑みではなく、竜子さんの剣幕に圧倒されてオロオロする気弱な人間のものだ。吹き出る汗をハンカチで拭いながら、必死に弁明している姿は俺の知る男とは違いすぎた。
 混乱して近づけずにいる俺の前で、男がなにやらメモを書いて竜子さんに差し出していた。それで彼女は納得したらしい。すぐに男の乗ったベンツは走り去っていった。
 慌てて俺は駆け寄ると、竜子さんに声を掛けた。

「竜子さん、怪我とか大丈夫かよ?」
「あれ、今帰りなの? もう見てよぉ、アタシの愛車がベッコリよぉ、でもまぁ、相手が修理代を全額払うって確約してくれたから良かったわ」

 本来なら警察を呼ぶところだが、相手は急患のために急いでいた医師らしかった。人命がかかっているとあって、流石の竜子さんも納得したのだろう。
 名刺を交換すると後日に全額支払うという念書も残して今日のところは去ったのだという。
 見せられた名刺には大手私立病院の医長という肩書きと狐狡 八草(こずる やつぐさ)という名前が記載されていた。

「竜子さんのことだから、相手を蹴り飛ばさないかヒヤヒヤしたよ」
「もぅ、そんな酷いことをしないわよ」
「まぁね、竜子さんは結構、人が良すぎるからなぁ。少しは相手を疑わないと詐欺とかにあうぜ」
「そうなんだけどね……なんか苦手でね」

 苦笑いを浮かべる竜子さんとその後も軽口を交わしながら、俺は先ほどの男のことを考えていた。

(やっぱり、他人の空似だったのか?)

 どうにもしっくりとこない俺だったが、翌日になると狐狡と名乗る男は菓子折りを持って家に訪ねてきた。その日も終始低姿勢のままで、こちらが気の毒な気分になるほどであった。
 男は修理業者も連れてきていた。竜子さんの愛車を工場へと運ばせると、代車として同じメーカーの最新モデルまで用意していた。

「本当にこのたびは申し訳ない」
「もういいって、ここまでしてもらって悪いぐらいよ」

 竜子さんの言葉に男はようやく安心できた様子で、車の修理が終えたら連絡すると去っていった。それを見送って、竜子さんに付き添っていた俺も、何事のなく終えられてホッとしていた。
 そんなトラブルがあったものの、それからは何事もなく平穏な日々が続いた。
 竜子さんの方も翻訳の仕事が一段落したらしく、代車でのドライブや道場での稽古を堪能しているようだった。

「なぁ、竜子さん、明日も道場で稽古するなら、俺も一緒に行っていいかい? 久々に勝負しようぜッ」
「あー、ごめんッ。愛車の修理が終わったってさっき連絡があったのよ。代車を返すついでに受け取りに行くって言っちゃったから、次に一緒に行きましょう。もちろん稽古のお相手もお願いするわね」

 そう言って出掛けていった彼女だが、結局、その日は帰ってこなかった。
 父親の話では出版社との打ち合わせが急遽入ったらしい。慌てて東京に帰ることになったと夜中にメールがあったそうだ。
 元々、来るときも着の身着のままで、荷物といえば愛用のノートパソコンと愛車だけだった。改めて荷造りする必要もなかったのだろう。

「ちぇッ、俺と稽古する約束だったのになぁ」
「どうせ寂しくって、すぐにこっちに戻ってくるんじゃないか?」

 彼女が寂しがり屋なのを知る父親の言葉に、俺も苦笑いを浮かべてしまう。だが、結局のところ、竜子さんはそのまま戻ってはこなかった。





もし、読まれてお気に召しましたら
よかったら”拍手ボタン”を
押して下さいませ。


web拍手 by FC2