ビトレイアー・メーカー

【2】 裏切りと困惑

「なんか凄い警備……」

 新製品のお披露目会は、てっきりどこかホテルのフロアを借り切って行われるのかと思っていたのだけど、機密漏えいを避ける為なのか招待客を絞り、より警備体制の整っている研究所で行われることになった。
 泊まり込みで研究する研究員に備え、施設内には無機質な研究設備とは対照的な高級ホテル並みの豪勢な宿泊設備が備わっていて、その中でもっとも広い一室で新製品のお披露目が行われるとの話だった。
 今日は入口の警備員に加え、途中の廊下には屈強な黒服の男たちが所々に配置され、濃いサングラス越しに鋭い眼光で監視の目を光らせていた。だけど、そんな彼らの姿なんて目に入らないかのように、スーツなどに身を包んだ招待客たちは待ちきれない様子でドンドンと来訪してきていた。
 その多くが私が同席した専務が商談を進めてきた人たちで、専務が用意してくれたドレスを身に着けた私が会場内へと踏み入れると、彼らは嬉しげに近寄ってきては挨拶を交わしていく。だけど、いつもは紳士然としている彼らの視線や笑みが、今日はひどく嫌らしく感じられて内心戸惑っていた。

(ダメだよ、あんなに良くしてくれてた人たちなのに……先日の睦美の話の影響を受けちゃってるのかなぁ)
 
 心の動揺を表に出さないように気を付けながら、彼らに笑顔で対応をしつつ会場内をそれとなく観察する。
 すると、少し離れた場所からジッとこちらを見つめているスーツ姿の睦美と視線が合った。普段は感情を表に出さない彼女にしては珍しく、何か不機嫌そうな表情を浮かべていた。

(あれ……どうしたんだろう?)

 会社では彼女に近づくのを控えている手前、心配でも今は彼女に話しかけるのは避けるべきだと頭の隅が囁く。それを理解してはいるのだけど、今はなぜか無性にもどかしく感じられた。
 だけど、そうしているうちに全ての招待客が到着したようで、広い室内の出入り口が閉じられ、照明の光度が落とされていく。

「本日は、お忙しいところを、我が社の新製品のお披露目式にお越しいただきありがとうございます」

 天井に埋め込まれたスピーカーから、専務の声が聞こえだすと、会場内はいっきに静まりかえった。

「さっそくお披露目といきたいところですが、その前にネズミが会場内に入り込んでいるようですので駆除したいかと思います」
「――えッ?」

 その言葉が終わったかと思うと天井から強い光が降り注ぎ、私を薄暗闇から浮き出させる。慌てて、周囲を見渡すと、睦美も同様にスポットライトで照らされていた。

「身分がばれていた!? どうする……」

 ゆっくりと近寄ってくる黒服の男たちを睨み付けながら、即座に次の行動を思案する。だけど、その結論が出る前にすでに睦美の方が動き出していた。
 迫りくる黒服の男たちを素早く薙ぎ倒すと、慌てて後ずさる招待客の陰に隠れるように走り出す。咄嗟に懐から拳銃を取り出そうとした男たちは、招待客を傷つける事を恐れて特殊警棒に持ち直して彼女に襲い掛かっていった。
 その時には私も既に同様に走り出し、慌てる黒服の男たちを次々に打ち倒していた。

「もぅ、相変わらず決断を下すのが早いんだからッ!!」

 そう駆けながらひとりボヤく私の口元は、いつも通りの睦美の行動に自然と綻んでいた。

―― 睦美が裏切り者ではない ――

 一連の行動で睦美への疑いが薄れると私の心は軽くなっていた。そして、彼女のこれからの行動を長い付き合いから予見し、合流する為に招待客の合間を駆け抜けていく。

―― 逃げられる前に、専務の首を抑える ――

 スピーカーから専務の声が聞こえた際に、会場内の視線の動きを観察していた。その際に、一部の人が一定の方向に視線を向けたことから、専務のだいたいの位置は把握していた。

(――いたッ!!)

 新たに目の前に立ち塞がる黒服の男たちを打ち倒しながら専務の元に辿り着いたのは、睦美とほぼ一緒だった。視線を交わすと頷き合い、睦美は素早く専務を取り押さえようと手を伸ばす。

――パシッ!!

 だが、その専務の首元まで届きかけた彼女の手は、横から手首をガッシリと掴まれて、その寸前で阻まれてしまった。
 それと同時に驚きの表情を浮かべる睦美の視線がこちらに向けられる。

「――えッ? なにを、そんなに驚いて……」

 その睦美の視線に戸惑う私。でも、睦美の手首を掴んだのが自分の右手だと気が付くと、彼女と同様に驚きの表情を浮かべる事となった。

「ええッ!? な、なんで……」

 戸惑いの言葉とは裏腹に、私の身体は専務を守るように睦美の前に立ち塞がると、掴んでいる彼女の手首を捻り上げようとする。
 咄嗟にその私の手を振り解こうとする睦美だったけど、まるで万力のようにガッシリと掴み上げた私の手から逃れる事は出来ずに、逆に背後に捻り上げられ苦痛の呻きを上げる事となった。

「そんな……朱鳥。貴女が……裏切り者だったなんて……」
「ち、ちが……」
「ほら、朱鳥くん。これを使いたまえ」
「……はい、専務……えッ?」

 自分の意思とは別に、私の手は勝手に専務が差し出す拘束具を受け取ると、睦美の細い手首へと無情にも巻き付け、ギチギチとベルトを締め上げていく。

「うぅッ……や、やめて……朱鳥」
「な、なんでッ!? なんで勝手に動くのッ!!」

 必死に訴える睦美の声を聴きながら、自分の意思を離れ動き続ける身体に、私の思考は混乱していた。
 その間にも自分の身体は睦美の両手に手枷を嵌めると、天井からスルスルと垂れ下がってきた鎖へと繋ぎとめて吊り上げてさせていく。
 そして、今度は新たに受け取った足枷を抗う睦美の両足首に嵌めると、床の小さなパネルを開いて鎖を引き出し繋ぎ止めていった。
 それを確認した専務がポケットから小さなタッチパネル式の端末を取り出し操作すると、ジャラジャラと鎖が巻き上げられていく

「うッ、くぅ……」

 巻き取られた鎖によって四肢をピンと引き延ばされ、睦美はどうにか爪先立ちできる状態で、大の字に拘束させてしまった。

「わ、私の身体に何をしたのよッ!!」

 唯一、自由にできる口で怒鳴ったものの、首を動かす事も出来ない状態では背後の専務を見ることすらできなかった。
 そんな私の状態を楽しむかのように、前へ回り込んだ専務がニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべながら覗きこんでくる。

「ちゃんとキミにも説明しておいただろう? 新製品のお披露目会だとね」

 その途端、それまで紳士的な笑みを浮かべていた専務の顔に昏くとても残忍な笑みが浮かぶ。

「それって……」
「それに関しては、そちらの伊万里……いや、志良以 睦美くんの方が詳しいかな?」
「ぐぅ……バイオチップを……朱鳥に使ったのね」

 いつも冷静沈着な睦美がギッと怒りを露わに専務を睨み付ける。
 だが、そんな視線も意に介した様子もなく、専務は涼しげに対応していく。

「そう、元々医療用、特に脳に障害を受けて身体が不自由になった人の為に研究を続けていたコレも、使い方次第ではこの通りだよ。それも、資金繰りで開発が頓挫しかかった時に資金提供をしてくださった、ここにいる皆様のお蔭だけどね」

 落ち着きを取り戻した招待客を示しながら、専務は実に楽しげに語り出す。

「人を自由に操り、死も恐れぬ従順な兵士にでも作り替えるつもり?」
「あぁ、そういう需要もある。だが、それ以外にもこういう楽しみ方もできるしな。朱鳥、ドレスを脱いで、キミの魅力的な身体をお見せしてごらん」

 専務は途端に下種な笑みを浮かべてパチンと指を鳴らした。

「な、何を馬鹿な事を言って……あ、やめッ、止めさせてッ」

 怒鳴り返そうとする私の手がまたもや勝手に動き出し、スルスルとドレスを脱ぎ捨てていく。今まで気にならなかったそのドレスは、こういう社交場で着るようなモノではなく、男の欲情をそそる様な露出度と透明度の高いデザインであるのに気が付いた。そして、その下からは、まるで娼婦のような黒と赤の扇情的な下着姿が現れる。
 密かに自信のあるツンと吊り上がった釣鐘型の乳房を根元から絞り込むかのよに締め付ける穴あきのビスチェ。そこから延びたベルトが、ストッキングを吊り上げているのだけど、肝心の下半身にはショーツを履いていなかった。

「えッ? なんで……私はこんな恰好を……しているの?」

 今まで見たことも着たこともない、まるで男に媚を売るような下品な下着を身に着けている自分の姿に戸惑う。でも、それ以上に困惑したのは、ツンと固く尖った乳首で鈍い光を放つ金属製のリングだった。

「くくくッ、なにを驚いているんだね? あんなに触られると喜んでたピアスじゃないか?」
「え? え? ひッ……や、やめてッ、くぅ、あぁぁぁぁッ」

 ふいに手を伸ばしてきた専務の指がリングを掴んで無造作に引っ張ると、乳首が無残に引き延ばされ変形する。それと共に脳髄を痺れるような激しい刺激が駆け抜け、ガクガクと身体が震えた。

「あーッ、くぅ、あーはぁン……」
「ははは、これだけで惚けたように口端から涎を垂らして、ホント、朱鳥くんは雌犬姿が似合うね」

 そう言った専務が近くにいる黒服の男に頷き合図を送ると、室内の壁一面に映像が投影され始める。それをみて、招待客たちが待ちわびたように歓声をあげるのだけど、そこに映し出されたのは私の姿だった。