淫獣捜査 隷辱の魔罠

【58】 心の声

「アンタ、ナナのお気に入りなんだってな」

 濡羽 八祥と名乗る男は、甘い香りの煙を漂わせながら、そう尋ねてきた。

「はぁ、お気に入り……ですか」

 正直、その問いに対してどう答えるべきなのかわからなかった。
 普段のナナさんを知らない俺には、知っている今の彼女との違いを比べる術はなかった。そもそも普段から、とても女性に馴れ親しんでいるとは言えない俺だから、こういう時に気の利いたセリフのひとつも出てこない。
 そんな対応に困っている俺から返答を期待していたわけではなかったのだろう、男は肩をすくめてみせると言葉を続けていく。

「指定したからって、誰にでもかしずくような女じゃないからな」
「そうなら、凄く嬉しいですね」

 それは俺の本心から出た言葉だった。
 性に対して自由奔放のように見えるナナさんではあるが、その一方でしっかりと高いプライドも持ち合わせている女性だと感じていたからだ。

――それに加えて彼女によるあの告白……

 あれが偽りで無いのであれば、彼女の望みを叶える事ができるかもしれない。

――それでも……

 今は、俺にとって涼子さんの事が、なによりも優先すべきなのは変わらなかった。
 その事を内心で再確認している俺を、気だるげな目が見つめていた。

「人を見る目は確かな女だ。そんなナナが入れ込む男というなら……俺もちょっと、興味が湧いてくるな 」

 漂う葉巻の煙の向こうに浮かぶのは、先程と変わらぬ怠惰な雰囲気を漂わせた表情。だが、その瞳の奥に宿る光は、俺の心の中まで見図ろうとしているように感じられてドキリとする。

「あ……いやいや、俺はしがない新人の会員ですよ、えーと……」
「あぁ、八祥でいい」
「俺は、いつのまにかルーキーって呼ばれてます。新人だからですかね」
「…………ふーん、ルーキーねぇ」

 俺を見つめる目が細められる。そこから向けられてくる視線は、俺の方へと向けられはいたが、別のなにかを見ているようでもあった。
 まるで全てを見透かすかのような眼差しに、つい逃れるように視線を漂わせると、その視界の隅に翠河 玲央奈の姿をとらえる。
 袋状の拘束具で後ろ手にいましめられた下着姿の少女もまた、上目遣いでジッと俺の顔を見つめていたのだった。

(こっちもか……)

 こんなに人に見られる事はそうそうないなっと、普段は特別目立つ風貌でもない自分に内心で苦笑いを浮かべつつ、俺も少女を観察する。
 俺の背後に隠れている間に落ち着を取り戻したようで、先程までの取り乱した様子は微塵も感じられない。
 まぁ、それは良いのだが、なぜか眉間に皺を寄せて不機嫌そうに見える。更には俺と視線が交わった途端、プイッと横を向いて、ボリュームのある金糸のような綺麗なブロンドの髪で顔を隠してしまうのだった。

(なんか怒らせるようなこと……したか?)

 心当たりが見当たらず、少女の反応にただ困惑する。
 10代の少女と接する機会なんて、この歳になるとそうそうあるものでもなく。どう対応すればよいか考えつきもしない俺は、ひとまず視線を外して、気になっていた事を八祥さんへ確認しようとした。

「ところで、この娘は……」
「あぁ、カネキのおっさんにはちょっと退場してもらったからな。クラブが与えた所有権が今は宙に浮いているわけだが……既に鼻の効く会員たちが、物欲しそうに待ち構えているようだな」

 八祥さんの視線を追うように周囲へと目を向けると、何人もの会員たちがこちらへと熱い視線を向けているのに気が付いた。もちろん、その視線が集まるのは目の前に立つ歌姫であった。

(まぁ、そうなるよな……)

 人気絶頂中のアイドルを好きなように犯せて、更には牝奴隷として自分好みに調教までできるっていう特権だ。
 欲しがらないヤツの方が珍しいだろうし、仮にその際の悶え啼く姿が見れるだけだとしても、金に厭目をつけないと言う輩はごまんといるだろう。

(それにしても……)

 次第に熱を増していく獣欲に満ちた周囲の気配。ネットリと絡み付くような視線を全身に浴びて視姦されているというのに、目の前の少女は不安げに身を縮こませるどころか、まるでこの場の主役は自分とばかりに胸を張って毅然とした態度を崩さない。
 まさに、目の前に立つのはいつも画面の向こうに見ていた歌姫そのもので、思わず先程の恐怖に震える姿が俺の妄想だったのではと思い直してしまいそうだった。

(それでも……)

 もう俺は知ってしまっていた。
 その強固な鎧をまとう心の内側に、しっかりと年相応のか弱い少女がいるという事を……。

(そして、どこか似ている……かもな)

 気丈にふるまう少女に、車を降りた後の涼子さんの姿を重ねてしまう。
 その為か画面の向こうにいる遠い存在だったアイドルの少女に、次第に愛着にも似た感情が俺の中で生まれてきていた。

「……知っていると思うが、主のいない奴隷に対しての所有権は、基本的に早い者勝ちだ。この鎖を首輪に付けた者が一番に権利を主張できるわけだが……で、アンタは、どうするつもりだ?」

 面倒くさげな態度を崩さぬ八祥さんが、どういうつもりで俺にそう言ったかはわかならい。だが、それが俺がこの場で一番知りたかった事だった。
 差し出された銀の鎖を横目に少女へと顔を向ける。その細い首に巻き付けられた肉厚の首輪に填められたプレート、照明の光を浴び鈍い光を放つ銀色の板が、今の少女の立場を改めて俺に認識させた。

(涼子さんと同じ、シルバープレート……)

 俺の手を離れ、今は別れ別れとなった涼子さんの姿が脳裏に浮かぶ。
 手の届かぬ場所にいる彼女への想いが、拳を知らぬ間に強く握りしめさせていた。

(――落ち着けッ)

 猛る心を押し留め、肩の力を抜いて心を落ち着かせる。
 そして、周囲で物欲しそうにしている会員たちの様子を伺うのだが、やはり今のところ近づいてくる気配はなかった。
 とはいえ、それは彼らが恐れているであろう八祥さんがこの場に留まっている間の事だろう。この場を去った途端、所有者がいない状態である少女に男たちは我先へと群がり、彼らに押し倒される姿が容易に想像できた。

(まぁ、この娘にしたら、俺もその一員なんだろうけどな……)

 再び、俺を見つめる泉のように深く清んだ蒼い瞳。そこに映りこむ他の会員同様に目元をマスクで覆った己の姿を確認する。

(さて、どうするか……)

 八祥さんの登場で、早くも単独行動が難しくなった現状で、更に嫌がる少女を連れて移動するなんて愚の骨頂だろう。
 だが、同時に、これだけのレアな獲物を前にして興味を見せないは、周囲には不自然な行動に見えるかもしれない。
 目の前の少女を切り捨てて先へと進むべきか、それとも、なにか救う術を考えるべきか。
 冷徹な心と、甘い正義を振りかざす心がせめぎ合い、相反する答えを出しては、それを決めかねずに新たな可能性を模索していく。

(まったくッ、ついさっき優先する順位を決意したばかりだというのに……)

 どちらに決めたとしても、後味の悪さは残る。それに対する免罪符としての理由を探しているにすぎない。
 冷徹になることによる重荷から逃げようとする自分に吐き気すら感じてしまう俺だったが、そんな脳裏に先程のタギシさんの言葉が思い出された。

――ルーキーも悩んだ時は、素直に自分の心の声に耳をかたむけろよ……

 気付けば、その言葉に導かれるように、己の心へと問いかけていた。

(俺がどうしたいかなんて、わかりきっている……おや?)

 自分が純粋になにがしたいのか、ただそれだけを探り、余計なものを排除し、突き詰めていく。
 その結果でた結論に、俺は眉を顰めてしまう。だが、気が付けば、それまで心にのしかかっていた重圧が嘘のように消えていた。理屈でなく自分の本心へと向き合った結果の自らの反応に、それが偽りだと判断すべもなく、ただ笑うしかなかった。

(なるほどな、それならば……)

 腹をくくれば、あとはどうするかの問題だけだ。素早く思考を巡らし、手早く検討していく。
 そして、笑みを納めて気を引き締めた俺は、それを実行へと移すのだった。

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