淫獣捜査 隷辱の魔罠

【56】 優先順位

 水槽に漂うその人魚は、見つめ続けいた俺の視線に気が付くと、ジッと見つめ返してきた。
 噛み付き防止用のマスクを付けられているせいで口元は見えないが、長い前髪の間から見える切れ長の目、その瞳に宿る強い意志の光が印象的な女性だった。
 身に纏った貫禄のような落ち着いた雰囲気と、瑞々しい肌や無駄なく引き締められた見事な肉体は、他の人魚たちとは異なる美しさを宿していた。

(戦の女神? いや、死神か?)

 先ほど放たれた殺気。あれを感じた時、手にした鎌の刃を喉元に突きつける死神の姿が見えたような気がした。

―― きっとこの女性は、必要と判断すれば、迷いもなくその刃を振り下ろすだろう ――

 そんな確信めいたものを感じさせる強い意思を、見ていて感じさせる。
 彼女は、しばらく俺を観察しているようであったが、不意にプイッと視線を逸らすと、興味を失ったかのように背を向けて水槽の奥へと泳いでいってしまった。

「おいおい、今度はあの人魚でも口説き落とす気か? ルーキーは、なんか意外にもジャジャ馬な牝が好みみたいだなぁ?」

 立ち去る人魚の後ろ姿を、それでも見つめ続けていた俺を、タギシさんが横から覗きこみながら苦笑いを浮かべる。

「え? あぁ、そうかも知れませんね。振り回されるぐらいがちょうど良いのかも」

 思わずそう応えながら、俺は涼子さんやナナさんの姿を思い浮かべていた。

「ははは、まぁ、調教しがいがあるって点では、俺も大好きだけどなッ。だが、アレは相当やっかいだから、手を出すなら気を付けろよ」
「タギシさんは、彼女を知ってたのですか?」
「まぁ、噂レベルだけどな……鷹匠 杏子(たかじょう きょうこ)。一応、探偵という事になってるが、合法、非合法問わず手段を選ばず、あらゆるモノを奪い返す事から”奪還屋”なんて呼ばれているんだが……ありゃ、俺から言わせれば、下手な悪党よりもタチが悪い。敵対した為に、陰惨な目にあった連中はごまんといるが、そいつらが二度と手を出そうなんて気持ちを起こらないぐらい徹底的に仕事するからなぁ」

 そう言って、ゲンナリしたような表情を浮かべるタギシさん。その視線は、チラリと他の会員と談笑を始めたタニマチ氏を見詰めた。

「やれやれ……厄介な事を持ち込んでなければイイけどな……」
「……?」

 ボリボリと後頭部を掻きながらそう呟くのだが、すぐに「ま、いいかッ」とヘラッと笑い、ツカツカと歩き出した。

「えッ、あ、ちょっと……」

 慌てて、後追い彼の横に並びながら歩く。

「今は楽しまないとなぁ。後で人魚を使って催しでもするらしいから、ここにはまた来るとして、時間は限られているんだッ。ドンドン楽しもうぜッ」
「は、はぁ……で、次はどこへ?」
「ブラッと一通り施設内を見て回ってから、VIPルームへ行こうか。俺が頼んでおいた奴隷ちゃんたちの準備が出来てる頃だろうからなッ」

 時折、声を掛けてくる会員たちに挨拶を交わしながら、俺とタギシさんはエントランスホールから四方に伸びる幅広の通路の一つに入る。緩やかなカーブを描いた通路は2階層分の吹き抜けになっており、上のフロアにも人が歩いているのが見えていた。
 通路の両側には、薄いレースのカーテンが垂れ下がり、ソファに座って寛いでいる会員たちが見受けられた。
 施設内は全体的に白を基調とし、所々に観賞植物や様々な情報を映し出すモニターが設置され、大型のショッピングモールを連想させる。これで、首輪や拘束具を身に纏った女性たちを見かけなければ、怪しげなクラブの建物だという事も忘れてしまいそうだった。

「ん? なんかイメージと違ったか?」
「えぇ、もっと狭くて、薄暗くって、怪しげな煙が立ちこめ中、蠢いているイメージだったので……こう、なんか健全な感じすらしますね」

 キョロキョロとしている俺を面白そうに見ていたタギシさんに、俺はそう答えていた。

「海外でも有名なデザイナーが手掛けてて、閉鎖空間でありながらストレスがたまらない造りになってるらしいが、なんかSF映画に出てきそうな感じだよな」
「ははは、確かに、特にこの通路の感じなんて、1980年代の……」
「おッ、意外にマニアックだな。だったら、あの作品は知ってるか?」

 趣味というか習慣となっているネット徘徊で見かけたサイト。そこで紹介されて興味を持って見てみた古い映画の題名を口にすると、タギシさんが思いのほか嬉しそうにそれに食い付いてきた。
 気が付けば、場違いなマニアックな映画の話題に盛り上がりながら2人して通路を歩いていたのだが、そんな俺らを他の会員たちは別に変な目で見る事もなく、逆に彼らも楽しげな笑みを浮かべている。

―― 脚の指で足下に跪く女の股間を弄くりながらニッコリと笑顔を浮かべる会員たち ――

―― 拘束した女の穴という穴に挿入して楽しみながら、女越しに楽しげに談笑する会員たち ――

―― 四つん這いになった女性を椅子やテーブルのように扱い、さも当然といった風にテーブルゲームに興じる会員たち ――

 年齢は違えど、どの会員たちも女を道具のように扱い慣れ、振るまいはごく自然なモノだった。

(あぁ、なるほど……無理に変な型にはめ込まず、自由に振る舞うのが第一なんだな)

 歩きながら周囲を観察して、場の雰囲気をさぐりながら、そんな印象を受ける。

(その自由の内容が、問題なんだろうけどな……)

 タギシさんの相手をしながら、俺は一人心の中で苦笑いを浮かべた。
 つい半日、いや数時間前の俺なら目の前の光景に眉を顰め、嫌悪感に胸糞悪くなってたに違いない。
 だけど一線を越えてしまった俺の心は、目の前の光景にさざ波程度にしか揺れ動かず、あまつさえ楽しそうだとすら感じ始めている。
 それは価値観が変わった訳でなく、心の中に優先順位を付けただけだった。

―― 涼子さんに関する事を、何よりも最優先にする ――

 それ以外の事に目を瞑る――いや割り切った。
 例えば目の前の牝奴隷と扱われている女性。涼子さんのように顔を覆う全頭マスクを被らされ、首から下も全身ラバースーツを纏わされ拘束されている状態で、ソファにふんぞり返る男の脚の間に跪き、股間に顔を埋め奉仕している。

―― 彼女は、美咲さんのように無理やり貶められ、恥辱のままに目の前の男に奉仕しているのかもしれない ――

―― シオさんのように、感情の起伏も抑え、まるで作業の様に淡々と奉仕しているのかもしれない ――

―― それとも、ナナさんのように現状を楽しんで奉仕しているのかもしれない ――

 いろいろな可能性が考えられるだろう。だが、今の俺に目の前の彼女を気に掛ける余裕などないし、それどころか、場にそぐわない反応をする事は、まわりまわって涼子さんを危険にさらす可能性すらある。
 だから、俺は彼女の立ち位置でなく、男たちの立ち位置でこの閉鎖空間を見るようにしていた。
 
―― 欲望に忠実に従い ――

―― 女性でなく牝として扱い ――

―― 人間でなく奴隷として、モノとして、目の前の存在を認識する ――

―― それが涼子さんを助け、彼女の望みを適えるのに必要な事…… ――

 彼女の主として相応しく見えるように、自然に振る舞えば振る舞うほど、俺の笑みは深まり、心に冷たさが増していく。
 大好きな彼女の為に、俺はそれが分かっていても、受け入れていく。

(大丈夫、涼子さんを想う限り……大好きだと思う限り、俺は踏みとどまれる……)

 そうして、結果として会員たちの信用を勝ち取り、こうして周囲に溶け込むことも出来てきている。
 あとは……

―― オーナーである紫堂がいるのを確実に確認し、ポケットに忍ばせている送信機のボタンを押す ――

 本当は、紫堂をよく知る涼子さんが確認してくれるのが確実だが、別行動となってしまった現状では、それも出来るかは怪しい。

(いざとなったら……紫堂を見つけられなくても、彼女の危機に俺は迷わずボタンを押すだろう)

 それで紫堂を取り逃がして、涼子さんに失望されても……彼女の為であるなら俺は……

「そんな険しい顔をしてたら、楽しめるもんも楽しめないぜ?」

 その言葉に横を見るとタギシさんが苦笑いを浮かべて俺を見ていた。

「なーんか小難しそうな表情を浮かべているけどなぁ、もっと肩の力を抜いた方がイイぜぇ?」
「は、はぁ……」
「やるべき時はヤル! だが、それ以外の時は、もう少し肩の力を抜いて、心に忠実であった方がいいと思うぜ?」
「タギシさんの口から『ヤル!』って聞くと、女を犯すの『ヤル』にしか聞こえませんが……」
「――なッ!? くぅッ、思ったより少しは言うようになったじゃねぇか、ルーキー」

 俺の思わぬツッコミに、タギシさんは悔しげに顔を歪ませるが、すぐに表情を崩す。

「だがなぁ、俺は惚れた女には一途なんだぜ? モノにする為には持てる力を使って全力投球だぜッ。だから、ルーキーも悩んだ時は、素直に自分の心の声に耳をかたむけろよ……ん? なんだ?」

 スッと寄って来た黒服の男の出現に、タギシさんは言葉を中断させられ不機嫌そうにする。そんな彼に、黒服の男は恭しく頭を下げて更に近づくと、耳元でなにやら囁く。

「……はぁ、わかったよ」

 恐縮して頭を下げる男に、面倒くさそうに手を振り去らせると、ボリボリと後頭部を掻いて、何やら思案しだした。

「しょうがないか……すまん。野暮用が出来ちまった。代わりに案内するヤツを手配しておくんで、それまで適当に見てまわっててくれないか?」
「あ、はい。イイですけど……トラブルですか?」
「支配人の爺さんに、さっきの件で呼び出されちまってなぁ。ちょっと行ってくるわ」

 ガックリと肩を落として大きなため息をつくのだが、それで気持ちを切り替えたようで、表情を改めてスタスタと去って行った。

「素直に自分の心の声に耳をかたむけろ……か」

 タギシさんを見送りながら、彼の言葉を反芻する。そして、その姿が見えなくなると、それとなく周囲を見渡した。

(タギシさんには悪いけど、独りなら、それはそれで動きやすくもあるかな)

 周囲の会員に受け入れられ、いろいろと顔を出しても警戒されなくなった今、必ずしも誰かが一緒である必要は既になかった。
 大きな通路から脇道にそれ、それとなく警戒しながら先へと進む。
 次第に、人気が捌け、同じような扉が左右に並ぶ通路へと出た。近くの扉に近づき、少し開けて中を覗きこむ。
 そこにはまるで手術室のように拘束台が中央に配置され、様々な責め具や拘束具が備え付けられた部屋だった。備え付けのシャワールームやバスローブや着替えなどが入ったロッカーまである。
 人の気配はなく、続けて、2つ3つと扉を開けて覗きこんでいく。どれも似たような作りの部屋たちで、そのまま4つ目の扉を開けようとした瞬間、内部から激しい勢いで扉が押し開かれた。

――バンッ!!

「えッ? ぐあぁッ」
「――あッ!」

 内部から扉を押し開いて凄い勢いで出てこようとした人物とぶつかり、そのまま俺は2人して倒れ込んでしまう。

「痛ッ、な、なんだ?」

 激しく背中を床に打ち付けた痛みに顔を歪めながら、俺はぶつかって来た人物に文句を言おうと目を向ける。
 そこにいたのは、下着姿の美少女だった。革袋の拘束具で後手に拘束され、仰向けに倒れた状態で、必死に立とうとジタバタと足掻いている

「ヒッ、ひ、ひひゃぁぁッ」

 ひどく怯えた様子の少女は、俺の視線に気が付き目が合うと、恐怖で目を見開いて涙を流しながらイヤイヤと首を振る。
 口にはリング状の口枷を噛まされており、強制的に開かされた口元からダラダラと涎を垂れ流しながら、それでも必死に後ずさりしていた。
 そんな悲惨で無様な姿を晒す少女であったが、俺はその顔に見覚えがある事に気が付いた。

「あれ、もしかして……」

 記憶に間違いがなければ、目の前で震えている少女。それは、人気絶頂中のアイドルである翠河 玲央奈(ひかわ れおな)のはずであった。



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