淫獣捜査 隷辱の魔罠

【55】 水槽の中の芸術品

 エントランスホール中央に設置された円柱状の巨大水槽。
 光量を調整され、淡い光りに照らし出されるその中を優雅に泳ぐ人魚たち。それを、俺は黙って見上げていた。
 特殊な拘束具で作られた偽りの人魚であるのはわかっていたが、だからといって顔立ち、プロポーション、どれをとっても素晴らしい美女たちが、拘束具を纏い、微笑みかけながら優雅に泳ぐ姿は、幻想的であり、それでいてエロティシズムをかき立てるには十分過ぎるモノであるのは変わりは無かった。
 
「この作品を、気に入りましたかな?」

 そんな俺に、横から声をかけてくる者がいた。
 ゆっくりと視線を向けると、そこには一人の老紳士が立っており、その人物は両手に持っていたフルートグラスの片方を俺に差し出すと、口髭を蓄えた口元に温厚そうな笑みを浮かべる。

「えぇ、素晴らしいですね。もしかして……この作品の?」
「はい、制作したタニマチと申します。突然、お声を掛けて申し訳ない。あまりに熱心に見ていただいてるものでつい……えーと……」
「あぁ……俺は……おわッ」
「仲良くなるにも、相手は選んだ方がいいぜぇ」

 言い淀む老紳士に、俺は駿河さんに事前に教えられていた偽りの名を名乗ろうとするのだが、背後からのしかかってきたタギシさんに、それを邪魔された。

「気をつけろよルーキー、お前さんも作品の素材にされちまうぜ?」
「い、いきなり飛びつかないで下さいよッ……えッ? 素材って……」
「ルーキーは俺のお気に入りなんだから、手出しは止めてくれよな? タニマチさん」

 背後から俺の肩に顎を乗せ、タギシさんはニカッと白い歯を見せながら笑みを浮かべる。

「おや、誰かと思えば、タギシくんではないですか。随分、久方ぶりですね」
「あぁ、ここんところ、いろいろと本業の方で忙しかったんでね。そんな訳だから……なッ?」
「はぁ……それは残念。創作意欲をかき立ててくれそうなイイ素材の気配がしたのですが……やれやれ」

 ウィンクするタギシさんに、目の前のタニマチと名乗る老紳士は露骨に残念そうな様子を見せる。

「あのー……素材って、モデルとかではなく?」
「あぁ、このタニマチさんは人を使って芸術品を作るマニアでね。元々、芸術家のパトロンをしてたんだが、それに飽き足らず自分でも作り始めたんだが、いつしか人を文字通り芸術を作る素材……原材料に使い始めた変態芸術家さんになったわけだよ」
「ふぅ、キミを含めて、ここにいる方々に変態呼ばわりされるのは、どうも腑に落ちないのだが、歴史に残るような芸術品を作るには狂気が必要だというのが、私の変わらぬ持論だからね」

 タニマチ氏は、マスクの下の冷たく濁った瞳に狂気の光を宿しながら語ると、自らの作品である偽りの人魚たちを一瞥し、それから俺の方へと再び視線を向ける。

「ちょうどいい、キミはこの作品に対して、どう思うか聴かせてくれるかな?」

 不意に話を振られた俺であったが、正直、芸術には疎く、洒落た言葉など出てくるはずもない。
 だが、タニマチ氏の発言を耳にしていた周囲の会員たちも、これからの俺がどう発言するか、興味深そうに待っている気配があった。ここで、下手な発言などしようものなら警戒されるか、最悪、正体がバレてしまうかもしれない。
 それだけは避けたい俺は、脳を必死にフル回転させると、水槽の人魚たちを見つめる。
(……おや?)

 水槽内を泳ぐ人魚たちを見ていて、俺はふと奇妙な感覚に襲われた。

(この感じは、まるで……)

 仕事で扱っている膨大なシステムに組み込まれたプログラム。動作上は、なんの不具合が発生している訳ではないのだが、デバック操作中に感じるほんの僅かな違和感……その先に潜むバグの存在を感じ取った時の感覚に、それは酷似していた。
 その感覚に従って、俺はもう一度、水槽内を見渡すように一瞥すると、その正体に気が付いた。

(……なるほど)

「どうかな? 私の作品は」

 口元に笑みを浮かべながら俺を見つめる老紳士。そんな彼に俺は向き合うと、ニッコリと微笑んだ。

「えぇ、惚れ惚れするような素晴らしい作品ですね」
「うんうん、そうでしょう、そうでしょう」
「……ですが、残念な事に僅かながら不協和音が混ざっていて、それがこの作品の完成度を下げてしまっているのが惜しいですね」

 満足そうな笑みを浮かべながら頷くタニマチ氏だったが、俺の続く言葉にその動きをピタリと止める。

「……ほぅ。その不協和音とは……なにか、お聞きしてよいですか?」

 笑みを収め、品物の品定めをするかのように冷めた目で俺を見つめタニマチ氏に、俺は腕を上げると、水槽の一点を指さし応えた。それに導かれるように、周囲の会員たちもそこへと視線を向けると、その先には一体の人魚が泳いでいた。

「あの一匹だけ……マスクをしてるなぁ」

 それまで横で俺の様子を楽しげに見ていたタギシさんの間延びした声が聞こえる。
 彼の発言通り、他の人魚同様に水槽内を泳いでいる人魚だが、その女性だけ口元にマスクを被せられていた。
 だが、俺が指摘したいのはそれではなかった。自分を指さす俺の存在に気付いたその人魚は、ゆっくりとこちらに向かってくる。
 そして、彼女は強化アクリルの壁の寸前でピタリと止まると、長い前髪の合間から切れ長の目を鋭く細め、ギンッと睨み付けてきた。それだけで、俺は首筋に泡立つような感覚に襲われるのだが、その殺気が向けられたのは俺ではなく、タニマチ氏であった。

「うへぇ、スゲェ殺気だなぁ。タニマチさん、アレは何者だい?」

 感嘆の声を上げながらタギシさんが尋ねると、その殺気を背後から浴びながらも微動だにしなかった老紳士は、口元をニヤリと歪め、ゆっくりと口を開いた。

「うん……お見事ッ。よくあの雌の存在に気が付きましたね」
「えぇ、彼女だけ視線の動きが他の人魚と違いましたから、まるで……獲物を探す鷹のようにね」
「ぷッ、ははははッ、なるほど、なるほど!」

 俺の返答を聞くとタニマチ氏は、肩を震わせて笑い出す。その笑いが一段落すると、ゆっくりと右手を俺に差し出してきた。
 それに対して戸惑って横にいるタギシさんへと目を向けると、彼は白い歯を見せながらウィンクをしてみせる。
 俺はゆっくりと差し出された老紳士の手を握り返すと、突然、周囲の会員達が一斉に拍手をし始めるではないか。

「……もしかして……俺は試されてました?」
「いや、申し訳ない。だが、歓迎の儀式みたいなものだと思って下さい。ようこそクラブへ」

 そう言って手を離した老紳士は、右手に持っていたグラスを高々と掲げると、それに呼応するように周囲の会員たちもグラスを掲げた。
 その意味を思い出し、俺はそれに応えるように渡されていたグラスをゆっくり持ち上げ、それに応えると共にグラスの中身をゆっくりと飲み干すのだった。



 しばらく続いた周囲の会員たちからの歓迎の言葉と握手が一段落すると、俺はタギシさんと共にタニマチ氏と向き合っていた。

「……タギシさんもグルだったんですね?」
「おぉ、こわッ」

 俺がギロリと睨み付けると、タギシさんが肩を竦めて戯けてみせる。

「まッ、でも……面白かっただろ? ここにいる他の会員たちとも仲良くなれたみたいだしな」
「ま、まぁ……そうですけど」

 彼の言うことも一理あった。お陰で先ほどまで少し距離を置いているように見えた会員たちも、今では気軽に俺に挨拶してくれるようになっていた。これは、この後の行動の事を考えると、とても有益な事だ。

「で……さっきの質問だんだが、アレは何者だい?」

 タギシさんが見つめる先では、あの人魚が未だ漂っているのだが、あの凄まじい殺気は今は納められていた。

「ウチの屋敷に忍び込んだ裏家業の者ですよ。あまりにも魅力的な素材だったもので人魚にしてみたものの、その仲間たちが助けようとあまりに執拗なものだから、こちらに移させていただいた次第ですよ」

 人魚を横目で見つめながら、タニマチ氏は楽しげに口元を綻ばせる。

「どうせ、タニマチさんの事だから、忍び込むように誘導したんだろう?」

 半目で見つめるタギシさんのぼやきに、タニマチ氏は笑みを深めるだけで答えない。だが、それが肯定である事が俺でもわかったし、この目の前の老紳士が欲しいモノを手に入れる為なら、手段を選ばないであろう人物である事も良く伝わってきた。

(俺の場合は、どんな目に合わされるやら……俺も素材にされないように、気を付けないとな……) 

 目の前の水槽に漂う人魚を見つめながら、俺は改めて気持ちを引き締めるのだった。



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